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第2話『9日間限定の恋人』(19)俊哉×凪彩
〜side.凪彩 〜
「…少しだけってどれくらいだよ…。凪彩は俺がいるのに…まだ他の男の恋人をするのか?俺としたみたいに誰かに一晩中体を許すのか?」
そんなのは嫌だ…と、苦しそうな俊 くんを見ると心が痛む。
それだけ俺を愛してくれてるって証拠だから。
でも、だからってどうする事もできない。
俺だって好き好んで俊くん以外の人に触れられたい訳じゃない。
いくら両想いになったからって、急にそんな事言われても困るよ…と思った時、ふと気づいた。
今までの俺とは違う事に。
自分に自信がない今までの俺だったら、恋人の言いなりになっていたはず。
嫌われたくなくて、捨てられたくなくて、今この場で仕事を辞めるって電話してたと思う。
でも、今は違う。
俊くんと出逢って、愛されて…自信がついた。
自分の気持ちを言葉にしてみようって思うようになった。
「…で、でも…それが…俺の仕事だから…」
いつも受け身で生きてきたし、俊くんが感情的になってるから、自己主張するのはすごく大変。
俊くんに嫌われるのが怖くて…手も声も震えた。
『急に言われても困るし、俺には俺の考えがある。俺は俊くんが好き。ちゃんとするから待っててください』って伝えたいのに、全然説得力のない曖昧な言い方しかできなかった。
「…例え仕事でもやっぱり嫌だ。凪彩が仕事を辞めない限り、俺たちは会う事も連絡を取る事さえもできないんだろ?」
お店のルールで、お客さんとプライベートで会うのも、個人の携帯番号や住所を伝えるのも禁止。
もちろん、恋愛関係になる事も。
内緒でしてる子もいるけど、俺はそれだけはしたくなかった。
正式に俊くんの恋人にしてもらえるなら、俺は自分の意志で派遣恋人の仕事を辞めるつもりでいた。
それは覚悟の上だった。
もう予約が入ってる日は責任持って働く。
お世話になったオーナーを説得するのに時間はかかるかも知れないけど、ちゃんと自分の気持ちを伝えて俊くんとの事を認めてもらいたかった。
それまでは俊くんとは会わない。
将来的に俊くんと一緒にいるために、今は離れなくちゃいけない。
辛いけど、しっかりしなくちゃ。
ここであきらめたら一生後悔する。
「と、俊くんは…思い通りにならない俺は嫌…?」
「そうじゃない。無理を言ってるのもわかってる。ただ…俺の知らないところで凪彩が他の男に抱かれるのがどうしても耐えられない。凪彩はいいのか?他の男とできるのか?」
そんな事聞くのは卑怯だと思った。
俺だって俊くんだけに抱かれたい。
でも、今の状況でそれは叶わないから…。
「…するよ。それが俺の仕事だから」
「…っ…」
俊くんは泣きそうな顔で立ち上がった。
俺の方を見ないままバッグと車の鍵を持って玄関に向かう。
「待って、俊くん。どこへ行くの?」
「…今日は帰らない。ちょっと頭を冷やしてくる」
好きにしててくれ…と、廊下を進んでいく。
「嫌だよ、俊くん。俺が出て行く」
夢中で俊くんの背中にすがりついた。
「だめだ、凪彩はここにいろ。知らない場所を1人でウロウロしたら危ないだろ」
こんな時でも俊くんは優しい。
そんなに俺を想ってくれるなら側にいて欲しい。
俊くんと俺は契約関係。
雇われてる俺に俊くんの自由を奪う権利はないし、契約者の俊くんが『ここにいろ』と言うなら俺はここにいる義務がある。
そんな…歪な関係。
「待って、お願い。置いて行かないで」
1人にしないで…と、泣きながら抱きついて必死に訴えた。
でも、俊くんはそっと俺の手を振りほどいた。
「ごめんな、凪彩。今は…1人にして欲しい」
苦しそうな切なそうな俊くんの声。
俊くんに辛い思いをさせたのは…俺。
そんな事言われたら、あきらめるしかなかった。
結局俊くんは、一度も振り返る事なく家を出て行ってしまった。
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