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第2話『9日間限定の恋人』(20)俊哉×凪彩
〜side.俊哉 〜
『待って、お願い。置いて行かないで。1人にしないで…』
凪彩 の悲しそうな声が脳裏に焼き付いて離れない。
俺が出て行ったら凪彩を傷つけるってわかってたけど、どうする事もできなかった。
俺以外の男に触れさせる宣言をした凪彩を責めるような酷い事を言ってしまいそうだった。
「くそっ、どうして上手くいかないんだよ…」
婚約者とは、俺が意見を押し通しすぎて上手くいかなくなった。
今回も原因は同じだ。
意志が強いのはいい事だと思って生きてきた。
芯が通った生き方に憧れていた。
でも、視点を変えれば自分のこだわりが捨て切れないただのワガママだ。
凪彩には凪彩の考えがあるし、世界や日常がある。
俺の知らない人間関係だってある。
だから、俺がいきなり仕事を辞めろと言うのは横暴だ。
わかっていても、あの可愛い凪彩の瞳に俺以外の誰かが映るのは嫌だ。
大事な体に触れられるのも耐えられない。
凪彩は俺の全てだ。
どうしようもなくて親友の佑樹 に電話をして、半ば強引に佑樹の営業先の近くまで押しかけた。
近くのカフェで凪彩との事を全部話した。
佑樹は黙って俺の話を聞いてくれた。
「…俊哉の気持ちはよくわかった。基本的に俺は俊哉の味方だけど、そんな言い方したら凪彩さんがかわいそうだ」
何だよ、俺の味方じゃないのかよ…。
心の中で悪態をついた。
「そもそも、俊哉だって凪彩さんを契約した立場だろ?凪彩さんがそういう子だと知ってて惚れた。それなのに一方的に仕事を辞めろはないだろ…」
佑樹の指摘はもっともだった。
俺だって凪彩の時間や体を買った他の男と一緒なのに、『自分は他の男とは違う、俺は凪彩に選ばれた存在なんだ』と、自分を正当化して凪彩の心も体も独り占めしようとした。
「頭ではわかってる。でも嫌なんだ。上手く割り切れない」
「…俊哉がそう思ってるって知りながら、俊哉から離れる凪彩さんの気持ち…考えてやれよ」
佑樹の言葉にハッとした。
俺は自分の事ばかりで、凪彩を思いやる余裕がなかった。
凪彩は俺が待ってる確証がないまま俺から離れるんだ。
いざ仕事を辞めて俺の元へ来た時、もし俺が待っていなかったら…?
凪彩は住む場所も仕事も恋人も失うんだ。
そのリスクを知りながら俺とのために…。
「俺たちに足りないのは言葉と時間と、愛し愛されてる自信だ…」
俺たちがやるべきなのは、離れるまでの間に離れても大丈夫なくらい気持ちを伝え合う事だ。
愛し合っている自信があれば、凪彩を信じて待てるはずだ。
凪彩が他の男と触れ合っても不安にならずに済む…訳はないが、何とか耐えられるかも知れない。
俺たちに残された時間はあと少しだ。
「わかったなら早く帰って仲直りしろよ」
「ありがとな…佑樹」
俺は2人分の会計をしてカフェを飛び出した。
走りながらすぐに電話をかけた。
少しでも早く凪彩の声が聞きたい。
気持ちを伝えたい。
『俊くん?今…どこにいるの?』
コール1つで電話に出た凪彩は涙声だった。
やっぱり俺が泣かせた。
「ごめんな…後でゆっくり話す。俺は凪彩が好きだ。19時に帰る」
『うん、わかったよ…。俺も俊くんが好き。オムライス作って待ってるね』
凪彩はそれ以上何も聞かなかった。
凪彩は俺の気持ちに寄り添おうとしてくれるんだ。
俺は役所へ駆け込んで婚姻届をもらった。
その足で婚約指輪を買いに行った。
行ったはいいが、好みもサイズもわからない。
どれも凪彩に似合う気がして決めきれない。
焦りながらも迷いに迷っていたら、スタッフさんが『大切な方とぜひ一緒にお越しください』とパンフレットをくれた。
隣の雑貨屋で来年の日めくりカレンダーとボールペンを買って併設のカフェへ。
一枚ずつメッセージを書き込んだ。
『凪彩が好きだ』『愛してる』『凪彩を待ってる』
会えない凪彩に毎日ラブレターを届けるつもりで365枚書き切った。
凪彩が安心して俺の元へ帰って来られるように最大限の準備をしようと思った。
他にもあれこれ準備をして、約束の19時に帰ると、凪彩が俺の胸に飛び込んできた。
「お帰りなさい、俊くん。帰ってきてくれて嬉しい」
「凪彩…酷い事言ってごめんな」
凪彩を抱き止めてぎゅっと抱きしめた。
柔らかな髪を何度も撫でた。
「俺も…ごめんね。俊くんが大好きなのに…上手く気持ちを伝えられなくて…」
「違う、凪彩の話を聞かなかった俺が悪い」
それからも、お互いに謝り合い続けた。
途中でだんだん可笑しくなってきて、思わず吹き出した。
気が抜けたら、グーっと腹が鳴った。
「オムライス…食べよっか」
「あぁ、腹減った」
「そう思って大盛りチキンライス作ったよ」
凪彩の柔らかな笑顔にホッとした。
あんなに傷つけたのに、凪彩は笑ってくれた。
俺のために、デミグラスソースとホワイトソースの2種類のソースを用意してくれた。
半分こして食べて、おかわりもした。
仲直りのキスをしながら一緒に風呂も入った。
そのままベッドに行ったら、全部うやむやになってしまいそうだから、ソファーで寄り添いながら、今後について話し合う事にした。
「凪彩…これを受け止って欲しい」
婚姻届と婚約指輪のパンフレットと、メッセージを書いた日めくりカレンダーを手渡すと、凪彩は瞳を潤ませた。
「凪彩…俺は怖かったんだ。離れてる間に、可愛い凪彩はすぐに誰かと恋に落ちるんじゃないかって…。そんな不安を抱えたまま連絡もできない状態で待つ勇気がなかったんだ…」
「俺は俊くんが好きだから他の人と恋に落ちる事はないよ。誰とどこで何をしてても俺は俊くんが好き。俊くんの不安が消えるまでいっぱい好きって言うよ」
凪彩は涙をいっぱいためた瞳で俺を見つめた。
自分だって不安なはずなのに、俺の気持ちを最優先しようとするいじらしさ。
「俺の事は後回しでいい。俺は凪彩に安心して欲しい。俺は凪彩を信じて待ってるって伝えたいんだ」
「それで…こんな素敵なプレゼントを…?」
あぁ…と返事をすると、凪彩は幸せそうに笑った。
よかった…と、ホッとしたような表情を見せた凪彩は宇宙一可愛いと思った。
お互いの気持ちを伝え合って、絆を深めた後のセックスは格別だった。
いつもより近くに凪彩を感じる事ができたし、本当に一つになれた気がした。
「俊くん大好き…」
行為の後、凪彩はぎゅっと体を寄せたまま、幸せそうに眠りについた。
もっと早くこうすればよかった。
そうすれば凪彩を泣かせる事もなかった。
「愛してる…凪彩」
これからはもっと思いやりの気持ちを持とう。
一生をかけて凪彩を大切にするんだ。
俺は可愛い凪彩の前髪を指でかき分けて、そっとおでこに唇を寄せた。
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