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第2話『9日間限定の恋人』(21)俊哉×凪彩

〜side.俊哉(としや)〜 次の日の土曜日。 俺たちは昨日のジュエリーショップにいた。 凪彩(なぎさ)は遠慮したけど、『離れた時に俺を思い出して欲しい。凪彩のお守りにして欲しい』と伝えたら、気持ちを汲んでくれた。 婚約指輪を買うつもりだったが、凪彩が『離れてる時もお互いを感じられるお揃いの指輪がいい』って言うから、それもそうかと思い直してペアリングを買う事にした。 「どれも素敵。(とし)くんはどんなのがいい?」 「…俺は正直よくわからないから、凪彩が気に入ったのがいい」 「えー、俺に丸投げ?」 一緒に選びたいのに…と言いながら凪彩が選んだのは、ゆるっとしたウェーブのデザインのシンプルな指輪だった。 もっと迷うと思ったのに、ほぼ即決だった。 「俊くんと水族館デートした海みたいなデザインだからこれがいいな…」 好みだけでなく、俺とのエピソード込みで選んだ凪彩の気持ちが嬉しかった。 凪彩のおかげで、たくさんある指輪の中で、これが一番いいと思えるようになった。 丁寧に包んでもらった指輪を持って、水族館デートをした海へ行った。 敷地内にあるホテルの日帰りカップルプランを予約してあった。 海が見渡せる15階の景色のいい個室でフランス料理のランチを楽しむ2時間半のプランだ。 ここで記念の食事をして、指輪交換をしようと思って選んだ場所だった。 ホテルのスタッフに事情を話して、花束も用意してもらった。 花束は、初めて会った日に凪彩が着ていた淡い水色のカーディガンをイメージした清楚な雰囲気で…と、オーダーした。 「見て、俊くん。海がキラキラだね」 キレイ…と、凪彩は大はしゃぎだ。 その笑顔を見られただけで幸せだと思った。 一品ずつ運ばれてくる料理を凪彩は美味しい、美味しいと言いながら嬉しそうに食べた。 凪彩が美味しいと言うだけで、元々美味い料理がさらに美味くなった気がした。 ハートモチーフのケーキや、予約しておいた花束と一緒に、2人の写真を撮ってもらった。 2人の宝物だ。 焼き増しして一枚ずつ持っていようと決めた。 ケーキを食べ終わる頃、スタッフが『それではお時間までお2人でごゆっくりなさってください』と告げて部屋を出ていった。 今からは2人きりだ。 「あの…これ…。俺から俊くんに…」 凪彩がモジモジしながら差し出したのは小さなメモだった。 『ネクタイ交換券』 初めて見る凪彩の文字。 凪彩らしい線が細くて優しい柔らかな文字だった。 「凪彩…これは…?」 「…俺も俊くんに何かプレゼントしたいな…って思ったんだけど、せっかくだから一緒に選びたくて…」 まさか俺にプレゼントを用意していたなんて。 凪彩の優しい気持ちだけで充分だった。 「俺はこの『ネクタイ交換券』のままでいい。凪彩が俺の気持ちを受け入れてくれた事が最高のプレゼントだから、それ以上は望まない」 「ううん、俺がプレゼントしたいの。俊くんのスーツ姿カッコイイな…って、見る度にドキドキしてたから…。一緒に選んだネクタイをしてもらえたら嬉しいな…って思って…」 照れた凪彩が可愛くてたまらない。 凪彩にカッコイイなんて言われて、俺まで照れた。 「ありがとな、凪彩。後で一緒に行こう」 そう伝えると、凪彩は嬉しそうにうなずいて紅茶を飲んだ。 「窓際の…ソファーに行かないか?」 凪彩に触れたい…と誘って一緒にソファーへ。 海を見ながら今ここで指輪の交換をしようと思った。 察した凪彩が、緊張する…って頬を染めるから、俺まで緊張してくる。 「…俊くんも…緊張してる?」 「当たり前だ。こんなの緊張するに決まってるだろ」 「ふふっ、俺と一緒だね」 嬉しい…と微笑む凪彩。 同じ気持ちでいられる事が幸せだ。 これからも一緒に同じ物を見て、同じ経験をして、同じ気持ちでいたいと、心から思った。 「凪彩…。離れてる間もずっと凪彩を愛してる。いつまでも待ってるから俺の元へ帰って来て欲しい」 凪彩の手を握って、想いを告げた。 潤んでいく凪彩の瞳を見ていたら、俺まで泣けた。 凪彩と恋をしてから、俺の涙腺はゆるゆるだ。 「ありがとう、俊くん。俺も俊くんを愛してる。絶対帰ってくるから待っててね」 凪彩は泣きながら微笑んだ。 その笑顔はキレイで、可愛くて…国宝級に尊かった。 「愛してる、凪彩…」 「俺も愛してるよ、俊くん…」 結婚式の指輪の交換みたいにお互いに指輪をはめ合った。 大好きな凪彩のキレイな指に、俺とお揃いの指輪がはまっている事が夢のようだった。 たまらなくなって凪彩の指輪に口づけると、凪彩も真似をして俺の指輪に唇を寄せた。 照れながら微笑み合って、約束のキスをした。 ほんのりケーキの味がする甘くて優しいキスだった。 ランチの帰りに、いつも俺がスーツを買っている店へ寄った。 凪彩は瞳を輝かせながらネクタイを眺めて、月曜から金曜の分5本買うと言い出したから、丁重に断った。 これから仕事を辞めようとする凪彩に大金を使わせる訳にはいかない。 凪彩は『今日見た海と空と雲っぽい』と言って、ネイビーとブルーと白のストライプ柄のネクタイを1本選んだ。 やっぱり毎日俊くんの側にいたい…と、ネクタイピンも一緒に。 両方とも爽やかな俊くんにピッタリと、満足そうだった。 「はぁ…夢みたい。幸せ…」 家に帰ってから、凪彩はずっとこの調子だ。 ソファーで俺にもたれかかりながら、指輪と俺を交互に見つめてうっとりしたり、ニヤニヤしたり。 「なぁ、凪彩。このネクタイ、一番最初は凪彩が結んでくれよ」 「うん、いいよ」 凪彩はご機嫌な様子で俺の首にネクタイを掛けた。 今まで誰かにネクタイを結んでもらいたいなんて思った事もなかったが、凪彩は特別だ。 とにかく凪彩とコミュニケーションを取りたくて仕方なかった。 「あ、あれ?逆だから上手くできない…」 オロオロしながら頑張る凪彩が可愛い。 こんな特等席で凪彩を眺める事ができるなら、このままずっと結べないままでいい。 「同じ向きならできるかな…」 凪彩は俺の背後へ回ると、ぎゅっと抱きつくみたいにしてネクタイを結び始めた。 小柄な凪彩から覆いかぶさるようなバックハグをされる事なんてないから、妙にドキドキする。 凪彩の体温や吐息が間近に感じられるし、いいにおいもするし最高だ。 キスしたい。 俺からも抱きしめたい。 そんな衝動を抑えながら、凪彩がネクタイを結ぶのを見続けた。 「俊くんの仕事が…上手くいきますように」 凪彩が願いを込めて結んだネクタイ。 このネクタイがあれば営業成績も跳ね上がるし、昇格試験合格も間違いなしだ。 「どう?俊くん。キツくない?」 「あぁ、ちょうどいい」 「よかった。どんなにカッコイイか見せて」 そう言って俺から離れようとするから、腕を引いて膝に乗せた。 包み込むようにぎゅっと抱きしめると、近すぎて見えないよ…って言いながら、凪彩も抱きついてくる。 どちらからともなく唇を重ねた。 見つめ合ってもう一度。 ついばむようなキスを続けると、凪彩の瞳がとろけていく。 「凪彩…いいか…」 「うん…」 抱きしめたままゆっくり凪彩をソファーへ寝かせて、またキスをした。 俺たちの甘いひと時の始まりだった。

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