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第10話(トビー)

ジョンが仕事に出てからそろそろ52時間が経過しようとしていた。 テレビも壊れている。本や雑誌もない。 この部屋でボウっとしているのにも限界があった。 「散歩だ、散歩してみよう」 サウスブロンクスは治安の良い地域では無い。 出掛けるなら昼間だけだ。 俺は現金をポケットに詰め込むと、行く宛もなく歩いた。 サウスブロンクスからハーレム川を渡りマンハッタン島の1番街を真っ直ぐ南へ進む。 すれ違う人々を横目で眺めながら。 近くにはセントラルパークやニューヨーク近代美術館などもあるが観光しようという気分にはならなかった。 幸せそうな老夫婦。仕事中の男。デート中のカップル。誰にも支配されない生活ってどんな暮らしなんだろうか? 2時間ほど宛ても無く歩いているといつの間にかイーストビレッジの方まで来ていた。 一本路地を入ると古いレンガ作りのビルの一階に、一際目を惹く花屋があった。 〈spruce〉という小さな看板が出ている。 引き寄せられるように、その花屋の扉を開けた。 古い木のドアがギシッと音を立てる。 小さな花屋の店内は少し湿度が高く、色とりどりの美しく瑞々しい切り花や鉢植えが目に強烈な美しさを放ってきた。 生命力に満ち溢れているような、命の輝を感じた。 俺には無いものだ。 そして、その中心に1人の男が立っていた。 「いらっしゃい」 これがマイケル•バーンズとの出会い。

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