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序章⑵
死体の尻から溢れる白濁は、勿論人には見えない。
杜若の長い爪によって出来た痕も同様に。
「堪らんかったわぁ。きっつきつ。
あの男、後ろ初めてやったやろなぁ…。」
行為を終え、満足そうに衣服を整えた杜若に言う言葉など何もない。
ただため息をつくばかりだ。
殺人、事故、病、老衰
人の死は様々な訳を持つが、その中でも杜若は“自殺”に目がない。
他の仕事は嫌々といった様子だが、自殺となると目の色が変わるのだ。
理由は簡単。
首吊りのように、直立状態で迎えた死であれば
重力に逆らわず下に降りる血液によってアレが勃ち上がる。
死体を犯す事で快楽を得る杜若にとって、それは更なる興奮材料であるらしい。
私には到底理解し難いものだが。
「ん~…、でもあんな立派なモン持っとるんやったら
俺も後ろから突いて欲しかったわぁ。」
呆れてものも言えない。
“私ならばどうだ。”
そう言うには長い間を共にしすぎた。
今更関係が変えられるはずも無い私は
そっと傍らで、杜若の様々な言葉に耳を傾ける良きパートナーで居続ける。
そう思っていた。
それが当たり前だと思っていた。
「ひっ!ちょ…何すんねん、離せや!」
死者の魂を導く最中、焦る杜若の声に慌てて振り向いた。
と、そこに居たのは──。
「……死神様?何故…。」
「お前になら杜若を任せられると思ったが…どうやら我の勘違いだったようだ。
杜若の数知れないルール違反、我が気が付いていないとでも?」
「離してや、おっちゃん…。死ぬ、死ぬて!
ちゃんとするから…っ!」
「誰が信用するか。この恥晒しが!」
杜若の細い腕に、死神様の爪が容赦なく突き刺さる。
死神の爪は毒の爪。
仕える私達も微弱な毒を持ってはいるが、死神様のそれは全くレベルが違う。
このままでは、杜若の全身に毒が回って死んでしまう。
「死神様、杜若も反省しております!
私も見て見ぬふりをした罪があります…どうか、杜若だけを責めるのはお止め下さい…!」
地に額を擦りつけ懇願すれば
死神様はふと、杜若を掴む手を離した。
「紅薔薇…。お前は我の“お気に入り”だ。
紅薔薇がそこまでして庇うのなら、今回限り杜若を地獄へ葬るのはよしてやろう。」
隣で血の流れる腕を押さえた杜若は
フー、フーと苦しそうに踞る。
死神様は殺ろうと思えば一瞬で済ませる冷酷なお方だ。
…と言う事は、ここで杜若を殺めるつもりはなかったようにも思えるが
それでも毒爪にやられた身体が回復するには少々時間がかかるだろう。
杜若の背を撫でつつ、目の前に構える大きな身体を見上げた。
すると死神様は微かに口角を上げ、あっけらかんと言い放つ。
「杜若。お前は今から100年の間下界で暮らせ。」
「「はい…?」」
杜若と私の声が重なる瞬間であった。
「お、おっちゃんそれどういう事…。」
「言った通りの意味だ。お前の居ない間は我が仕事を貰い受けよう。
下界でも、こちら側とルールは変わらない。良いな?」
「し、死神様それはいくらなんでも…っ。」
「紅薔薇。お前も今回は見逃してやるが
次に何かしくじればその時は覚えておけ。」
「そんな…っ。」
「杜若。100年後、無事にこちらの世界へ戻ってくる事を期待している。」
「ま、待ってやおっちゃん…おっちゃ──。」
こうして私の前から、杜若は消えた。
ある日突然。
それすらも、気分屋な死神様のお遊びに過ぎないのだから
この世界は不平等だ。
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