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episode.3
耳障りなアラームが頭に響く。
けれど音はすぐに鳴り止んで、再び俺を夢の国に誘った。
ふかふかの布団と、程よい温もり、いい匂い…。
…あれ?
アラーム止まった?
俺スマホに触れてもないぞ。
つーか温もりってなんだ、俺が抱き着いてるのは何だ。
リラックス効果抜群の花みたいな匂いは…
目を開けば、俺の横で不気味に細められた赤い瞳と交わった。
「おはよぉ、スミレ。」
「ぎゃーー!!」
目覚めた瞬間、意識飛びかけた。
「うまぁ〜!料理出来るんやなスミレ。」
「パンケーキくらい誰でも作れるだろ。」
「そぉなん?俺こんな形良く焼けへんて〜。
手先器用なん?スミレ。」
「シリコンカップとかあるから形はなんとでもなるぞ。
…って、それより柿とバター!」
「なぁに?スミレ。」
「何で俺の名前知ってんだ!」
フォークを叩き付けて立ち上がると、柿とバターは赤目をくりんと見開いた。
むしろ何故知らないと思っているんだ、とでも言いたげな面持ちで。
「これから世話になる奴の名前くらい探るに決まっとるやん?」
は?
これから世話になる?!
確かに俺は1人暮らしみたいなもんだけど!
父子家庭で父さんも海外出張中で居ないけど!
でも突然夜這いしてきた変態と一つ屋根の下で暮らすのは如何なものかと思う!
柿とバターの右手には、1冊のノートが握られていた。
今日提出する課題だ。
なるほど、それを見たからドヤ顔で名前を呼べたのか。
「こら!人のもん勝手に触るんじゃねえ!」
勢いよく手を伸ばしてノートを奪い返すと、手の甲に一瞬痛みが走った。
見れば少し皮がめくれている。
「あ、あかん爪が…。」
柿とバターは先の尖った黒い爪をしていた。
これじゃ当たっただけでも怪我するわけだ。
「悪い。待ってな、すぐ治療するから…。」
「は?放っとけばいいだろ。」
ほんの小さな引っ掻き傷を
柿とバターは焦ったように眺める。
こいつ、意外と紳士なのな。
それか自分が痛がりのビビリとか?
…何となくそんな気がする。ぷぷ。
「俺もう出ねえと遅刻するんだよ。
別に家に居てもいいけど、荒らしたり物盗んだら許さねえ。」
「あ、待ちーやスミレ!」
課題をスクールバッグに詰め、寝癖を押さえながら家を出た。
不審者を1人家に残すだなんて、父さんが居たらブチ怒られるだろうけど
俺は心が寛大だから、ああいう身寄りのなさそうな奴も受け入れてやんだよ。
食器はそのままにして、帰宅後に洗うのが俺流だ。
柿とバターもまだ食ってたし、俺のだけ片付けるのも悪いだろ。
駅に到着しても尚違和感の消えない手を摩る。
変なの。深く刺さったわけでもないのに。
微かな手の痺れを感じつつ
俺は電車に乗り込んだのだった。
この時、俺は正直柿とバターを舐めていた。
あいつが何者かも知らず。
あいつの秘密も知らず。
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