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episode.8

「か…きつばた、なんで…。」 目を瞑った瞬間、何かが俺を包み込んだ。 何かとはいっても 細すぎる身体にぶつかる感覚。慣れた温度。 ふわりと香る花の匂いですぐに分かる。 でも、どうしてここに? そんな疑問が浮かび上がった。 「出かけるなら、直接どこ行くのか教えてほしかったんやけど?」 「ごめ…。でも──ッ!」 かきつばたから手を離し、床に足をつくと 右足首にズキンと走る痛み。 くそ、捻ったか 動けねえ…。 「捻挫したん?ほんま人間て難儀やわぁ。」 は?お前もだろ。 そう突っ込もうとして口を開くも、俺の返事なんざサラサラ聞く気もないかきつばたは強引に俺を抱き上げた。 「っひゃぁ!」 「ん?なんなん、可愛い声で鳴くやん。 誘っとるん…?」 「っな、わけねーだろ!降ろせバカ!」 良い意味でも悪い意味でもホームに居る人々の視線を釘付けにするかきつばたの容姿で、男を横抱きにしていたらそれこそ注目の的だ。 真っ黒なタキシードと白銀に艶めく長い髪。 本から抜け出してきたような美貌の持ち主に軽々と抱えられる俺の身にもなってみろってんだ。 ほんっと、なんなんだよこいつ。 周りの蕩けたような視線にイラつく。 当の本人がそんな事を全く気にしない素振りで 改札に向かっているのもイラつく。 「スミレ、今日はもう家帰ろな。」 「いや約束あるし。」 「足、はよ治療せな酷くなるで。」 「…わーったよ。」 かきつばたの腕に収まったままスマホを取り出すと 先程までやり取りをしていたグループトーク画面を開いた。 “階段から落ちて足捻ったから行くのきびしー” すぐに何件かの既読が付いて、大丈夫かとメッセージが届く。 それに対して適当に返信していると かきつばたがぴたりと立ち止まった。 「あ?何いきなり止まってんだ。 スマホ落とすかと思ったんだけど。」 あと3段で階段は終わるのに。 やっぱり重くなったか? そりゃそうだよな。明らかに俺より細いし。 いくら男とはいえ、自分より重たい奴抱えて階段下るのはしんどいか。 「わり、重いよな。降ろせよ。」 「ちゃう。…今下に降りたらあかん。」 「は?」 かきつばたは、俺の身体を更に強く抱き締めて その場から少しも動かない。 後ろを歩く青年は 俺達を睨んで抜かしていく。 それでもかきつばたは動かない。 「危ない!」 声が聞こえたのはその直後だった。 見上げると、電光掲示板の改装工事をしていたらしい従業員は皆顔を蒼く染めていて。 バリーーンッ 耳を塞ぎたくなる悲鳴と共に ガラスの破壊音がホームに響く。 慌てて駆けつける駅員に 作業着の薄汚れた男達。 顔や手から血を流す人 パニックを起こし逃げ惑う人。 さっき俺達を抜かした男の足は、落下した電光掲示板の下敷きになっている。 3段下はまさに地獄絵図だった。 ゾクリと身体に寒気が走る。 「か…きつば……た…?」 「…今ここで死ぬ奴はおらんから大丈夫や。 あんたがここまで転げ落ちとったら終わっとったけどな。」 かきつばたはそう囁くと俺の顔を胸に引き寄せた。 花の温もりを押し付けられて 身体はトン、トンと振動を再開する。 強制的に視界を遮られ、徐々に落ち着きを取り戻していく中で ほんの一瞬、かきつばたとは違う薔薇の香りを感じたのは気の所為だろうか。

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