18 / 46
episode.16
課題を終えたスミレは結局風呂にも入らずに、
コキっと首を鳴らして布団に潜り込みよった。
「スーミレ?風呂入らな臭いで。」
「うっせ。力使い果たしたんだよ。」
「ええの?明日学校でスミレくんくさない?言われるで〜。」
「…30分早く起こせ。」
「はぁ…呼んでも起きひんかったらフェラして起こすで?」
「…。」
寝たんかい。
呼んだ事にしてしたるでホンマ。
もう少し構って欲しかった自分の欲を抑え、
仕方なくリビングの電気を消した。
ふと窓の外を見れば、お月さんが雲間から顔を覗かせる。
向こうの世界におった頃も、
夜の月は何故だかずっと見ていられた。
少し肌寒くはあるけれど、
たまにはベランダで黄昏れるんも悪くないかな。
朝起きてスミレが驚かんように、
虫がおらんか確認して窓を開けた。
ガラス越しではないそれは、やはり言葉では言い表せない程綺麗で、
柵に手をついたまま儚い光を浴びる。
すると、忘れかけていた臭いが鼻を掠めた。
すぐ近くで、死の臭い。
さっきまでスミレの顔を見とったけど、
相変わらず消えない死相はまだそこまで濃くもなく、
これがスミレのものでない事は確かや。
だとすると何処で…。
「久しぶりだな、杜若。
どうだ。この世界にも少しは慣れたか?」
姿は見えずとも聞き覚えのある声。
毎日のように行動を共にした薔薇の香りがふわりと漂う。
「紅薔薇か。なんや、仕事?」
その声は随分と懐かしく感じた。
紅薔薇と仕事をしとる頃は、そんな風に思う日が来るやなんて微塵も考えた事無かったなぁ。
不思議やわぁ。
「そうだ。お前の奇怪な行為が無いお陰で仕事が進む。」
奇怪な行為…なんて酷い事言ってくれる。
相変わらずやなぁ、この頭の硬さ。
「この匂いやしねぇ…近いな。隣の爺さん?」
「ほう。まだ死の臭いがわかるのか。」
「そらな。…死相もよーぉ見えるわぁ。」
それも、一番望まん奴のな。
俺の右側…事ある毎にドアを蹴りよったあの忌々しい爺さんの家から、薔薇の香りを纏う男が姿を現した。
紅薔薇は柵に腰掛けると、
眉尻を下げて嘲笑うかのように、俺を見下ろす。
「すぐ隣に餌があるというのに、食いつきには行かぬのか。」
ホンマにこいつ…。
俺そんな見境ないヤリチンと違いますけど?
「っふふ。だーれが爺さんと好んでヤるねん。」
つい笑ってしもたのは、こんな奴でもまた話せた事が嬉しいと何処かで思っとるからで。
「…少し前までの自分を思い出してみろ。」
「そんな昔の事しらーん。」
そして、スミレのお陰か知らんけど
そう変われた自分が嬉しいと思うからや。
…知らんくないな。
確実に、スミレのお陰やな。
「今は、生きとる生意気なガキにゾッコンやねん。」
「そこで寝ている小僧の事か。もう手は出したのか?」
「出すわけないやん俺の事なんやと思ってん。」
紅薔薇は酷く驚いた顔をしとって、
以前の俺に今更呆れを覚えたのは言うまでも無い。
ともだちにシェアしよう!