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episode.17

「そうか。だが程々にしておけよ。」 紅薔薇は、柵から降りると 眠るスミレを窓越しに鋭く睨んだ。 「…程々にて。他人事やなぁ、コイツもあんたの世話になりかけたっちゅーのに。」 口が半開きのスミレは、起きている時より少しあどけない。 部屋が暗くてもよー見えるのは、まだ俺の目はあっち側の世界のものであるって事や。 まだ見限られていないというのは嬉しいようで、 スミレと同じでないというのが 少しだけ虚しい。 「…今回は大目に見るが、次は無いぞ。」 紅薔薇がそれ以上踏み込んでこんのは スミレの死相を俺が故意に操っとるわけやない事をわかってくれたからやろうか。 「っふふ。…紅薔薇ぁ、俺な?スミレの作るパンケーキ大好きやねん。」 横で呆れかえっとる紅薔薇に思わず苦笑する。 自覚する程の間抜けた顔。 今日ここに来たんがもし紅薔薇やない別の仕いやったとしたら 俺か…それこそスミレにまで被害が及ぶ事やろう。 そんな、どこまでも冷酷で 優しさも存在しん冷えた世界。 「杜若…これ以上落ちぶれないよう祈っている。」 その言葉を言い終わらんうちに、 薔薇の香りは消えていった。 アイツも俺の事好きすぎやろホンマに。 ──本当は、気づいてなかったわけやない。 紅薔薇と仕事をしながら 嫌でもわかるあいつの他とは違う俺への態度。 だがあの頃の俺は、 そんな気持ちとは無縁やったから。 俺が下界に飛ばされただけで済んだのも奇跡に近いようなもんで 目の前で腐る程見てきた、 同士が地獄という無限の闇に堕とされる姿。 終わりのあるものを、わざわざ自分から手に入れようやなんて到底思えへんかった。 死相や予感など無い、 全てが死神の“気分”で動く俺らの命。 駅の事故なんて、正直紅薔薇が故意に起こしたとしか思えん。 自分の命を危うくしてまで 恋敵を危険に晒すような真似するかねほんま。 頭の硬いお前やったから 死神のおっちゃんに一目置かれとるお前やったから 俺はあんなに長い間、紅薔薇の隣におることを拒まんかったというのに。 月なんか見とる気分やなくなったわ。 部屋に戻れば、相変わらずピクリとも動かへんスミレは いつにも増してしかめっ面で眠っとる。 夢の中でも数字や記号に襲われとるんやろうなぁ。 「…大丈夫。簡単に死なせたりしーひんよ。」 指を反らし、手のひらで額を撫でた。 この爪も邪魔やなぁ。 またいつスミレを傷つけてしまうかわからん。 あっちじゃこれっぽっちも気にならんかったのに ここでは違和感の多すぎるこの身体。 俺の思考がこんな短期間でコロッと変わるやなんて 自分でも思っとらんかった。 スミレは俺が守る。 守りたい。 いや、守ってみせるよ。 例えこの命に代えても。 …あ、そーいや隣の部屋の爺さんの死因は何やったんやろか。 紅薔薇に聞いとくべきやったわ。 腐らんうちに大家さんに言わんと、この家までくっさなるやん。 スミレが起きたら頼んどこ。 眠るスミレの横に、ぺらぺらの上着を脱いで潜った。 スミレが許してくれた、俺の寝床。 篠原菫というこの世で最も俺を癒す存在の、隣。

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