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episode.19

風呂を出ると畳まれたバスタオルと下着 それから脱ぎ捨ててあった制服はハンガーにかけられている。 …やっぱり謎だ。 リビングに戻れば、ちゃっかりテーブルの上に2人分のナイフとフォークが並べられていて、 昨日片づけを放棄したノートはスクールバッグにしまわれている。 あとは俺がパンケーキ作ったら完璧やでって顔。 相変わらず顔はいいんだよ。 違う。全部いいんだよ。 かきつばたって、完璧すぎんだよ。 絶対こんなガキの所にいるタマじゃねーだろお前。 「…ばーか。」 「えっなんで?!俺何した?」 「ちげーよ何でもねーよ。作ってやるから待っとけマーガリン。」 「バターの偽物やん。それは俺ショックやわぁ。」 何だバターの偽物って。 別物だよ。 かきつばた、お前はさ 今までどんな奴とどんな事してきて どんな友達がいて、どんな…恋人がいて どんな風に生きてきたんだ? 俺の事をスミレって呼ぶみたいに 俺もたまにはお前の事、かきつばたって呼んでやるけど 初めて会った日、名前はないって 呼ばれてたのはかきつばただって、あれどういう意味なんだ? 名前が無いまま施設に預けられた赤ちゃんだって そこの人にちゃんと名前を貰えるんだよ。 この世に名前のない奴なんて、いねえんだ。 多分…少なくとも日本の、俺の知ってる限りじゃ。 その時ふと、花の香りが鼻を掠める。 「スミレ?どないしたん。真っ黒なっとるで?」 「うわっマジだ最悪…。」 考え事をして放置していたそれは とても食べ物の見た目などしていなくて。 この焦げ臭さにも気が付かないなんて俺の鼻やべえんじゃねぇの。 …かきつばたの匂いはすぐに分かったのに。 「ごめんな、作り直すからちょっと待──」 「ええよスミレ。たまには休んどって? 俺かてやらんだけで出来んわけやないから、多分。」 かきつばたに掴まれた手。 何故か震えていた。 もし俺が気づかないままで、かきつばたも居なかったら 今頃焼け死んでたんじゃないかって。 想像して気分が悪くなった。 「スミレ?どっか調子悪いん?」 「や…大丈夫、わり…。」 「大丈夫なら大丈夫な顔せーやほんま。心配するやろ?」 「…っ。」 かきつばたは火を消すと、俺を後ろから抱きしめた。 なんでそんなに温かいんだ。 なんでそんなに優しいんだ。 お前は誰なんだ。 何の目的で俺の傍にいるんだよ。 お前の事、本気で捕まえたいと思う前に 早く何処かに行ったらよかったのに。 お前なんて、かきつばたなんて ずっとずっと一生永遠に 「かきつばたの…バカっ!」 俺の傍から離れなければいいんだ。 意味わかんないって顔してんじゃねえよ。 俺だってわかんねえよ。 なんで出会っちゃったんだよ。 初めてなんだ、こんな気持ち。 今までのそれとは違うんだ。 汚れてるんだ。 全然甘酸っぱくないんだ。 ほろ苦くもないんだ。 お前しか知らない。 お前しか知りたくない。 お前しか見えない。 お前しか要らない。 お前が全てなんだ。 どうすりゃいいんだよ。 「…うん。俺はバカやから。バカでええから。 だからそんな泣きそうな顔すんのやめてや。 俺まで悲しなるわスミレのそんな顔。」 指を反らして黒い爪が俺に当たらないように 鋭いそれで、また俺が怪我をしないように。 優しい言葉をかけてくれながら そんな小さな所にも気を遣ってくれる。 もういいよ わかったよ 俺はお前が好きだ。 かきつばたが、好きだ。

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