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episode.24
何でもない普通の日だった。
雲一つない快晴。
行先はカラオケなんだから天気は関係無いのだが。
「かきつばた早くしろよ~。」
「スミレ早ない?まだ9時にもなってへんで?」
集合場所まで電車で3駅。
一人なら自転車を漕ぐ所だが
今日はかきつばたがいるから電車を使う。
待ち合わせは10時半なのに準備万端な理由は
かきつばたと出掛ける事が嬉しいのと
早くに出れば寄り道出来る思ったからだ。
つまり…デート。
だが、俺の考えを知る由もないかきつばたは長い髪を乾かすのに苦戦している。
別に嫌いじゃないけど
面倒臭そうだし、もう少し短くしたらどうだろう。
掴みやすいからいいけどさ。
結局家を出たのは9時半少し前で
これじゃ優雅にカフェとまではいかないから少し残念。
でも早くに着くのは間違いないから、一緒にコンビニのイートインスペースでゆっくりするくらいなら出来そうだ。
なんて、ウキウキしてる俺とは裏腹に
かきつばたの表情はどことなく暗い。
いつもここまで過保護ではないはずだが
今日は俺から少しも離れようとしない。
道路側を歩くのは…一緒に歩いた事がないから通常なのかそうでないのかはわからない。
そんな気遣ってくれなくたって俺だって男だし
お前よりは見た目も男らしいと思うんだが。
「ほんまに体調悪くない?俺昨日爪で刺したりしてへんよな?友達に顔見せたらすぐ帰るで?」
ずっとこの調子だから困ったものだ。
心配してくれるのも、こうして俺に付き合ってくれるのも悪い気はしない。
しないけど、これは如何なものかと。
「そんな心配しなくていいって。
ヤバめのオカンでもここまでじゃねえよ。」
「今日ばっかりは許してやぁ。」
車が通るたびに俺の肩を抱いて立ち止まるかきつばた。
縁石だってあるのに、視界に入ればこの世の終わりみたいな顔をして身構えるんだ。
不思議で仕方ない。
駅に辿り着いた頃にはクタクタに疲れていて、出掛ける時はなるべく車通りの少ない道を使おうと決めた。
駅の改札をくぐって、いつか転がり落ちた階段を上る。
あの日壊れた電光掲示板は、新しく取り付ける為の工事をしていて機能していない。
かきつばたは周囲を確認しつつ、
俺に手すりを掴ませて2段下を歩いた。
そんなに警戒しなくても落ちたりしねえよ。
それに今日は駆け込み乗車もクソもない、さっき電車は発車したところだ。
諦めてのんびり歩く奴しか居ないのに。
ホームに到着すると、すぐ傍の自販機が目についた。
かきつばたの疲れ果てた顔を見ると、こいつが勝手にやってた事ではあるが
それは紛れもなく俺を守る為だって事を思い出して
たまには何か買ってやろうと思ったんだ。
「お前コーヒー砂糖いる派?」
「俺紅茶派。」
コーヒーの味の選択すら無視してくるかきつばたに
思わず笑ってしまう。
「今日は世話になるしな!買ってやるよ紅茶。」
「へ?いやええって。あんまり動かんといて欲しいねん。」
相変わらず調子が狂う。
いつになく真剣なかきつばたにそれ以上我儘は言えなくて
悩んだ末に、財布を渡した。
「じゃあ俺待ってるから自分で行けよ、動かねえから。
それならいいだろ?」
かきつばたは少し悩んだ後、渋々といった表情で頷いてくれる。
恐らく、今日初めてこんなにかきつばたとの距離が開いた。
といっても所詮は数メートルでしかない。
それだけずっと隣に居た理由に、もっと早く気づいたらよかったのに。
昨日の違和感一つ一つを、上手く繋げたらよかったのに。
遠くで電車の接近を知らせるベルが鳴る。
駅員が笛を吹く音。
その時、すぐ後ろに迫り来る叫び声を聞いた。
「…ぅわああああ!!」
線路に向かって一直線に走る見ず知らずの男。
その目は完全にイッていて身体が固まった。
男の肩がぶつかって
男が線路に飛び込んで
電車が近付いて
隣にあるはずの白銀は無くて
身体が揺れる。
あ、無理だ
落ちる。
周囲の叫び声が
やけに大きく聞こえた。
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