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episode.27
スミレは不思議そうな顔をしとった。
人に仕いの姿は見えんのやから当然や。
スミレの肩に涙を押し付け、
ゆっくりと声のする方へ振り向けば
唇を震わせ、涙を堪えているようにも見える紅薔薇の顔は
今までにほんの一度も見た事のないもので、
思わず笑ってしまって。
俺一人にそんな顔しとったらあっちじゃ生き辛いやろうに
ほんま難儀な性格しとる奴や。
「忠告したはずだ!これ以上落ちぶれるなと…っ。」
落ちぶれる…か。
本当に、俺は落ちぶれたんやろうか。
決して覆してはならない人の寿命を操作した事は許されるもんやない。
だが、俺は知ってしまった。
人の脆さ、弱さ
愛という感情の尊さ
それが通じ合う幸せを。
それはこれまでに経験して来たどれよりも興味深く、
面白くて、美しかった。
スミレと共に過ごした日々はかけがえのないものやった。
そんな宝物をくれたスミレを守りたいと思った事で
俺が落ちぶれたというならば
俺にとってそれは、誉め言葉に思えるんや。
「紅薔薇ぁ…俺な、スミレが大好きやねん。
スミレが幸せに生きとってくれたらそれでええねん。
その隣に俺がおらんくても、生きてさえいてくれれば…ええねん。」
例えば俺に課せられた100年という年月。
スミレを失っても尚99年余りを生きていかなあかん俺は、愛する人を失ってどう過ごしていけばいい。
また独りになって、またちゃらんぽらんして
そんな何も変わらない毎日を送るんやったら自ら死を選ぶやろう。
スミレを危険な目に合わせたあのおっさんのように粉々になる日が来たやろう。
スミレを超える奴なんて現れないと断言出来る。
スミレに出会えた事で
何百年という時間が無駄ではなかったと思えた。
生きる意味を見つけられたんやから
何一つ悔いはない。
──そんな俺やから、紅薔薇が怒るその気持ちが今なら痛いほど理解出来る。
ありがとうな、紅薔薇。
こんなにも、俺の事を想ってくれて。
「お前を消すのは私の仕事ではない…。
私はあれを下へ導く為に来たのだ。」
自殺者の逝く先は、例えどんな理由があろうと
地獄と決まっている。
苦しみから逃れる為に勇気を出した筈が
その先に待つのも永遠の苦痛やなんて…可哀想な話やけど。
「そぉ…。俺もアレと同じ所行くんかなぁ、嫌やなぁ。」
何度も死者を導いたその場所で
俺ら仕いはクモの糸さながら、苦しむ奴らに縋りつかれる。
あの頃は何とも思わんかったけど、
自分が逝くのかと思えば
あの縋ってきた化け物の気持ちがわからんでもない、なんて。
つい乾いた笑みを零す俺に
落ち着きを取り戻したらしい紅薔薇の声が降り注ぐ。
「死神様は本当に、人が良いのか気分野なのか…。
今すぐお前を堕とすつもりは無いらしい。」
「…どういうこと?」
紅薔薇の言葉は想像もしとらんものやった。
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