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変わり者を導く、冷酷非道の

*カイリという名の絵描きの話 『悪魔の絵描き』という短編に目を通していただければお話わかりやすいかと思います。 (菫と出会う数百年前の時間軸です) 男は餓死だった。 予め死因は告げられた上で向かうが、 年齢の割に細すぎるその身体を目にすれば 聞かずとも息絶えた理由など簡単に想像がつこう。 同行者の奇行からいつもの様に目を背け、 行為の終了と共に上へと向かう道を見た。 恐らく彼は生前絵描きだったのだろう。 横たわった彼の隣には、もう殆ど完成しているであろう絵が1枚と 彼の名を叫び続け、涙を流す者が1人。 見に纏う衣服は酷く絵の具で汚れていた。 …彼もまた、もう残り短い命であろう事は 自身の赤い眼球が嫌でも気付いてしまうのだが。 「な〜ぁ、この絵あんたが描いたん?」 「っ、さ、触るな!変態!節操無し!」 「はあ?!誰にもの言っとんねんシバくぞ!」 誰がどう見ても抗いようのない事実である。 死体から抜け出た魂は 痩せ細った身体を風圧に負けないかと心配になるほど大きく揺れ動かし、白銀の髪の毛を追い掛けて ふと、足を止めた。 動かない物体と化した自分自身の亡骸に寄り添い、涙する 小さな男を見つめて。 「……あ、れ。身体、辛くないと思ったんだ。 …………そうか、死んだのか。」 自らの亡骸と対峙する事で初めて “自分は死んだのだ"と理解する者は少なくない。 むしろ、死体を見てもなお 受け入れられない輩が大勢いるわけで 我ら死神の仕いが逝くべき所へ導く仕事を任せられているである。 この者の理解能力が高くて助かったのは言うまでもない。 が、 「なぁなぁ。にしてもこのお姉さん綺麗やなぁ…なぁに?まさかあんたのコレなん?」 艶めく長髪を僅かに揺らし、細くしなやかな小指を突き立てる仕草に 悔しいながらも見惚れてしまう。 私と共に仕事をこなす訳でもなく 奴が何をしているのかと言えば…ナニをしているのだが…。 しかし、死者の身体を汚すだけの行為で満足を得るのなら 私もとっくにこやつと縁を切っているだろう。 そうしないのには訳がある。 「ああ…そうだ。置き去りにして来てしまった。 いつか迎えに行くと、大きな事を言って 大切な友人をもこうして独りにして、俺は…。」 「あんたが大切に描いたこの絵は永遠に残るんやで。 …あんたの身体が無くなっても、あんたの魂が遠く離れても、この絵がある限り想いは生き続ける。 それにーー…。」 つい先ほどまで遠慮の欠片も無い非情な事をしておいて 柔い笑みを死者に向けたその男は 私が生きている数百年と言う長い時間の中で目にして来た 他のどれよりも美しい。 「たとえこの絵がその人に届かんくても いつか俺が導く時が来ればちゃーんと言っといてやるから。 貴女を誰よりも愛した奴がおったって。」 「……っ、う…ぅぅ…っ。」 「カイリ。おいで…あんたはよぉ頑張った。 上まで俺らが案内したるから。」 無意識であろうその唇から紡がれる 死者の魂を温かく包み込む言葉達が 束の間ではあるにしろ、確かに彼らを救うのである。 * 「あの絵の女性は今も彼の帰りを待っているのか…。儚いものだな。」 「そぉ?今頃他の男とデキとるんやない? 人なんてそんなもんやろ。」 人間とは、どこまでも 醜く浅はかで、哀れだと それらを全て見透かしたような 上辺だとは微塵も感じさせない優しさを自在に操る事のできる 冷酷非道な杜若を 私は愛しているのだ。

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