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罪人を葬る、氷の

*狡くて醜い絵描きの話 『悪魔の絵描き』という短編に目を通していただければお話わかりやすいかと思います。 (菫と出会う数百年前の時間軸です) 男は自害した。 奴隷に描かせたそれを自ら描いたとホラを吹き 不正発覚後、逃げるように首を括り付けた。 プライドの高い性が故、 笑い者になる自分を受け入れられなかったのだろう。 作業部屋というよりも 鉄で覆われた牢屋のようなそこ。 まだ死体は腐ってもいないというのに 異臭を放っている。 これが死体本人のものでは無いということはすぐにわかった。 そこかしこに飛び散るのは 絵の具とは違う茶色く固まった血液。 一瞬、ここは地獄なのでは無いかと疑ったほどだ。 生きた人間が、これほどまでに過酷な生活をしていたのかと思えば いくら場慣れしている私といえども気分が悪くなりそうで。 私と共に降り立った同士もまた 同じような事を考えていたに違いない。 それを確信する理由は簡単だ。 「…おえっなんなんココ。 ヤる気失せるんやけど。」 「珍しいな。」 「俺かて時と場所くらい選ぶて。」 少なくとも時を選んだ試しはないだろうが。 なんて、口を挟んだところで無駄だということはわかりきっている。 しばらく無駄話をしながら 部屋に飾られたこの世の闇を映し出しているかのようなマリアを眺めていると 死体からふわりと浮き上がる魂が 私たちをじっと見つめている事に気がついた。 「……誰だ、お前達は。」 今日も指通りの良さそうな白銀の髪の毛を指でいじる隣の男が さも興味なさげに瞳だけをそちらへ向ける。 「あんた連れに来ただけやけど。」 「…そうか。やっと死ねたのか。 これで解放される……はは、はっはは…。」 気色の悪い男だった。 自分の犯した罪の大きさもわかっていないようなその態度は正直胸糞が悪い。 余程の事がない限り、感情を表に出さないようにと私も努力をしてきていたが 今回ばかりはどうにも我慢が効きそうにない。 自身の指から伸びた長く黒い爪を掌に食い込ませ、大きく息を吸ったその時だった。 フッと乾いた息を溢す杜若が 直ぐそばに立てかけられている光のないマリアを眺め、男に言ったのだ。 「コレ、あんたが描いたん?」 男はニッと不気味さをも思わせる怪しげな笑みを浮かべると 静かにこちらを見据えているマリアの元へ歩みを進めて 「そうだ。よく描けているだろう? これは俺のだ。俺がこの手で作り上げたもの――…ッ?!」 自慢げにかざした大きな手からは、まるでポンプのように男の脈に合わせるような動きで赤黒い液体が噴き上げる。 マリアの身に纏われる白い装束が男の血液によって赤く染まる様を目に映す事は 少しも気分の良いものではないが、 その様子を一刻たりとも目を離さずに腕を組みながら眺める長髪は それはそれは面白そうに口角を上げていた。 「なぁ…俺な、人間ってそもそも嫌いやねんけどぉ~。 そん中でもホンマに無理なんが3つあって~。」 「……は、はぁ?何言って…そんな事よりこ、これを止めろ! 死神なんだろ?血を止める事も出来ない無能なのか!!」 杜若は、男の口から次々に飛び出す癇に障る発言をものともせず 雪のように白い肌と見事なコントラストを描く紅色の唇を緩く開き 「1つ。偉そうな奴。 2つ。嘘をつく奴。 3つ。俺の機嫌損ねる奴。 ……はい、フルコンボおめっとさん。」 ふわりと柔らかな表情になったと思えば、口から出たのはまた自分勝手な言葉である。 杜若の機嫌で左右されるこの人物に つい、憐みの目を向けた。 「…ひ、待て……待て、来るな…あ、あああ、ひぐぅ……ぅぁああああああ!!!!」 杜若からすれば、死者の魂などゴミも同然。 本来眼球が配置されていたらしい顔面の上部に爪を入れ込み、丁度よい持ち手と化したそれを引っ掴んで地獄に繋がる扉の前に立つ。 白銀の艶めく髪に血しぶきが飛び、さらに機嫌を悪くした杜若の形相は ……到底、普段の胡散臭い笑みを浮かべるこいつのそれとはかけ離れていて。 「…みんなと仲良くするんやで。」 男一人を押し込んで 扉の向こうの住人達に気が付かれてしまう前に重苦しい扉を閉める。 語尾にハートでも付きそうな杜若の甘い声とは対照的に 向こう側から厚い壁を隔てるこちらまで届くのは 何万、何十万もの苦痛にとらわれ続ける者たちの叫び。 「いっ…やだ、いやだ…やめ……やめろ、触るな、こちらへ来るなぁぁああ―――…。」 男の声は 人なのかもわからぬ獣の呻き、喚きと共に 遠く遠く、消えていったのだった。

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