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第1話-4
スタジオの脇には小さな控室とシャワールームがある。
朝陽は、控室のパイプ椅子葵に「ふぅ」と息を吐く。
「どう? お尻掘られたくなった? 掘りたくなった?」
なんのてらいもなく隣に座る高本から問われ朝陽は項垂れ、葵はぽっと頬を染める。
「俺、あんなの見せつけられたら、余計に自信なくしました……」
そもそも、レーベル『チェリリオ』は高本が言うようにイケメン揃いだ。
朝陽は平凡な顔立ちと体格の173センチ。特別容貌が目を引くわけでも筋肉美があるわけでもない朝陽が、こんな極上の男の園に紛れていいのだろうか。
「高本さん、なんで俺に声かけたんですか? ミスですか?」
「ミスなわけないよ! 一目見た瞬間にわかったんだ。君は物凄いバリネコの素質を秘めているとね」
ネットで調べたところによると、ゲイビ界のやり手監督・高本は感性で突っ走るタイプらしい。直感で朝陽のバリネコの才覚を感知したと言うのだが……、
「もしかして、俺のことすごいテク持ちだと思ってます? 申し訳ないんですが、俺……」
経験のない処女だと言いかけるが、
「心配しないで! 君たちにはプロの巧さじゃなくて拙さとピュアさを求めてるんだから」
「拙さ?」
「だって君たち童貞、処女でしょ?」
高本にニコニコと悪びれもなく問われる。言う前からバレバレだったらしい。
はい、そうですとも。
でも、葵は?
「葵も童貞なの? イケメンで恋人いっぱいできそうなのに」
「そんなことないよ! 俺高校まで野球一筋の野球バカだったからさ。色恋沙汰とは無縁だったんだ。だから正真正銘の童貞で」
葵が言い終わらないうちに、朝陽はガタっとパイプ椅子から立ち上がった。
野球、最後、試合、肩、そのワードで、急速に記憶と目の前の男が繋がった。
「お、おまえ……っ! 二葉葵って、あの、甲子園で準決勝に進出した……!?」
そう、朝陽は高校野球の大ファンだ。
野球をしていたわけでもスポーツ観戦全般が趣味なわけでもない。
高校野球が好きなのだ! 高校生の汗水! 筋肉! 焦げた肌! 坊主頭!
控えめに言って、素晴らしすぎる。
そんな中、朝陽が高校三年生の頃、ことさら大ファンだった選手がいる。
東京の有名校の打者だった。甲子園の準決勝まで進出したエースバッターで、世間の注目も集めていた。
しかし準決勝の9回裏、敵のデッドボールが肩に直撃した。
「二葉葵……俺おまえの大ファンだったんだよ。予選も本選も全部映像持ってるし何回も見たし! 同い年なのにすっげえカッコよくてさ。おまえのバッド捌きに最高に勇気づけられた」
どうして気づかなかったんだろう。
テレビ越しに応援していた頃は、坊主頭だったし今より焦げていたからだろうか。
それに、だってまさか、自分のアイドル・アオイくんがゲイビに足を踏み入れようとしてるなんて、思わないだろう。
興奮して葵の両手を握りしめて詰め寄ると、葵が目をぱちぱちと瞬かせた後、少し切なげに、そしてとても嬉しそうに頬を綻ばせた。
「……俺のこと覚えててくれる人がいたなんて。ありがとう。朝陽」
切なげな表情に胸を衝かれる。
肩を壊した瞬間を、映像越しだが朝陽も生で見ていた。
観客の朝陽でさえ、死ぬほど悔しかったのだ。デッドボールが無ければ葵のチームは決勝に進めたかもしれないし、少なくとも葵は野球をやめなくて済んだだろう。
あれから3年、葵はどんなに苦しい思いをして野球と決別して、もがいてきたのか。
もしかして、
「自棄になって、ゲイビに走ったのか……?」
「それは違う! 野球部の時から、なんとなく男にムラムラしちゃうなって思ってたんだ。あと肩も回復したからさ。選手復帰までは難しいけど、もう自分は元気だって実感したくて。つまり、肩回復の景気づけ!」
景気づけでゲイビ出演?
「それならいいんだけど。俺も、葵が元気なとこいっぱい見られたら、すげー嬉しい。改めて、これからよろしくな、葵」
少し照れ臭くなって、はにかみながら握っていた手に力を込めると、葵の顔がみるみる赤くなっていく。
「葵?」
「や、よ、よろしく! 朝陽!」
なんで赤くなったんだ?
首を傾げつつも、同い年で大好きだった葵と同期として過ごせることに高揚した。
すると、まもなくシャワールームから黒髪の男前、竜生が戻ってきた。
「竜さん!」
「ああ、朝陽くんと葵くん」
ドSモードじゃない甘い声音の竜生が席に着き、しばらく自己紹介などをして談笑していた。
やはり根は優しい男らしい。葵のほわほわしたオーラとも相まって、AVスタジオの控室とは思えない和やか空間が出来上がっていた。
のだが、
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