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『へえ、気ィ強』
彼はおかしそうに言った。天使のように愛らしいのに、こちらをからかいたくて仕方ないという子どもじみた悪意を感じる。
『楠見野聖利、苗字呼びづらいから名前で呼ぶわ。おまえも名前で呼べよ』
『そこまで親しくする気はない』
『わかんないよ。案外、親友になれるかも』
來はそう言って声をあげて笑った。その顔がとびきり綺麗でキラキラしていて、どきんと心臓が跳ねたのを覚えている。
來に負けないように努力した。彼が本気を出せば敵わないのではという恐怖心が常にあった。それと同時に、そんな來の能力に憧憬を覚えていた。
気まぐれで粗暴。誰の手にも余るのに、容姿も能力も魅力的で、教師も生徒も彼を見ずにはいられない。弁舌は鮮やかで、無理やり出させられた県の弁論大会では最優秀賞。助っ人で呼ばれた運動部の試合は、種目に限らずすべて大差で勝利。
海瀬來はアルファの中のアルファ。トップに立つべくして生まれてきたような男だった。
聖利は自分にない來の性質を苛立たしく思いながら、目が離せなかった。あまりに違う彼だからこそ、気になって仕方ない。
來は來で、しきりに聖利にちょっかいをかけてくる。クラスが違うのに、顔を合わせればからかうのだ。
『また勉強かよ』『必死過ぎ』『そんな険しい顔してたら、女にモテねえぞ』
無視してもキリがない。それなのに、まったく話しかけられないと気にかかる。お互い背が伸び、ひとつずつ年を重ねていくのに、來は変わらず聖利に絡み続けた。愛らしい少年は男らしく端正な青年に変化していった。
中等部三年にもなれば、來と聖利は中等部アルファの双璧となっていた。品行方正で学年首席の楠見野聖利、すべての分野に秀でた天才肌の海瀬來。
そして、聖利は自身の気持ちをすっかり自覚していた。海瀬來に感じる気持ちは恋だ。
バース性を問わず同性間の婚姻は認められているが、いまだ同性婚は片方がオメガであることが一般的だ。來は大企業の後継者。確実に跡継ぎを成せる相手を選ぶ必要がある。つまり、聖利がアルファである限り、來への恋心はけして叶わない。
聖利は早々にこの恋心を封印した。誰にも見せないように胸の奥に押し込み、学年首席の優等生であり続けた。來とは不仲であることを周囲にアピールして。
それがまさか、高等部寮で同室になってしまうなんて。
クラスも同じである。三十人ずつ四クラス、文系理系二クラスずつなので、理系の自分たちは半分の確立で同じクラスだとは思っていた。クラス替えは高等部の三年間は行われない。
学校でも寮でも來と顔を突き合わせ続けなければならない。そんな状態でどうやってこの気持ちを抑え続ければいいだろう。聖利は始まったばかりの高校生活に暗澹とした。
いっそ、來が他所で恋人でも作ってくれればいい。アルファでもオメガでも、婚約者を作ってくれれば諦められる。だけど、そんな日が来たとき、自分は來にどんな顔で接すればいいのだろう。
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