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「おい、寝てんの?」
呼びかけられて、聖利はびくりと身体を震わせた。意識が飛んでいた。どうやら、机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。
見上げれば、覗き込んでくる來の顔。
「お、おまえ、帰って……」
「そりゃ、帰ってくるだろ。ここしか寝るとこねぇし」
來は財布を自分の机に放り、コンビニの袋もベッドに投げる。パーカーをばさりと脱いだ。
「聖利は居眠りか。風邪ひくぞ」
「おまえに気遣われる理由はない」
冷たく言って立ち上がった。寝顔を見られたかと思うと恥ずかしい。
「もう、こんな時間か。日付が変わってる。來、明日は朝食に顔を出すんだぞ。夕方のオリエンテーリング、おまえは体調不良だって言ってある」
「それはどーも。でも、朝飯コンビニで買ってきたからいーわ。入学式は明後日だろ。明日は寝る」
どうしてそう勝手なのだろう。ごまかしたこちらの身にもなってほしい。聖利は苛立ちを隠さずに、きつい口調で言った。
「もう少し反抗心を抑えたらどうだ? 中等部寮は寮母(メイトロン)が中心に面倒を見てくれたが、高等部寮は高坂寮長をトップとした自治運営なんだぞ。おまえが自由にできる場所じゃない」
「俺は反抗してるわけじゃない。集団行動が嫌いなだけだって。学校も寮の行事も部活も、付き合える時は付き合う。興味がないときは行かない。たぶんそれで許されんだろ」
傲慢なことを言えてしまうのは、この男の家の権力と、本人の能力の高さゆえ。そして、実際のところそれでまかり通ってしまうのだろう。
「おまえは敵を作ろうが何をしようが困らないかもしれないが、狭い社会だ。來の無分別で他の一年が割りを食うこともある。同級生を尊重しろ。先輩たちの顔をたてろ」
低い声で忠告はしておくものの、聞くとは思えなかった。案の定、來は馬鹿にしたように笑いベッドにどさりと腰かけた。
「うるせーな、ホント。おまえは俺の彼女か。まあ、聖利がどうしてもって言うなら、ほんの少しだけ融通してやるよ」
「融通ってなんだ」
「聖利が一緒なら、多少団体行動に付き合ってやる。掃除とか上のヤツらの用事とかやってもいい」
「本気だろうな。言質取ったぞ」
言いながら、なぜ自分が一緒にしなければならないのだろうと釈然としない気持ちになる。自分は來の母親ではない。
「あといつも思うんだが、どこを遊び歩いてるんだ? 山を降りてもこのあたりは何もないだろ」
嫌味半分で言えば、來がにっと口の端を持ち上げた。
「聖利が知りたいなら、今度連れてってやるけど」
「おまえの脱走の片棒を担ぐ気はない」
「なんだよ、ふたりきりの秘密がほしいのかと思ったのに」
「馬鹿を言ってないで寝ろ。僕は寝る」
聖利は怒って、ベッドの掛布団をばさりとはいだ。よかった。來と初めて同室で寝るということに緊張していたけれど、いつもどおり怒ったらあまり気にならなくなった。
海瀬來はただの同級生。気に食わない男。これ以上関わらない。
聖利は唱えながら、目を閉じた。
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