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***  引越しから二日、入学式が執り行われ、聖利は正式に高等部一年生となった。新しい校舎で新生活のスタートである。年度始めは忙しく、寮でもクラスでも決めることは多い。すぐに学力テストが行われるのも進学校ならではだ。部活はふた月以内に入部を決めるが、これも勉学優先とあらば必須ではない。  來との同室生活も、現時点ではすれ違い状態だ。聖利は部活見学や委員会見学、図書室や自習室での勉強で夕食ギリギリまで自室に戻らない。戻ってみれば、來はいないことの方が多い。少し拍子抜けではあるが、平和なスタートだ。 「楠見野聖利、11秒7」  教師の声がタイムを告げる。聖利はゴールを駆け抜け、歩調を緩めながら振り向いた。  今日は体育テストだ。100M走は悪くないタイムである。勉強だけでなく運動もなるべくいい成績でありたい。子どもの頃は塾通いが忙しく、あまり運動が得意ではなかった。中学に上がってからは剣道部に所属し、積極的に運動に取り組むようにしている。 「聖利、速いじゃん。負けた」  知樹が声をかけてくる。友人の知樹はベータで、中等部で出会った頃は彼の方が背が高く、運動もできた。負けないように努力し、今はいい勝負ができるようになった。 「まあまあだよ」 「くそ~」  聖利は悔しがる友人に笑い返し、すぐに後ろを振り向いた。次に走るのは來だ。  手足を軽く動かしてから、來はだるそうにスタートポジションにつく。もうそれだけで雰囲気がある。クラスメートの視線が自然に來に集まる。彼には不思議とそういう魅力があるのだ。  ホイッスルが鳴りスタート。速い。躍動する体躯は野生の肉食獣のように力強くしなやかだ。 「はっや」  知樹が隣で呟く。聖利はごくんと知らず生唾を呑み込んだ。 「海瀬來、10秒88」  教師の声にどよめきがおこる。陸上部の選手クラスのタイムだ。抜群に速い。 「このタイム聞いたら、運動部から勧誘が殺到しそうだな」  知樹の言う通りだが、学校生活に対し積極的ではない來が、進んで部活に入るとは思えなかった。すると、聖利の下へ來が近寄ってくる。大きな歩幅で、だるそうに歩いてくる姿は余裕があった。 「俺の勝ち?」  どうせタイムを聞いていて知っているくせに、からかうような口調で言ってくる。聖利はツンとした口調で答えた。 「そうみたいだな」

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