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病室を出る寸前に振り返り、梶は思いだしたように付け加えた。
「そうそう、大事なことを言い忘れていました。転化オメガは後天的なものなので、生殖機能はまだ未成熟です。ヒートは起こりますが、子宮は子どもを育める状態ではないので妊娠しません。性成熟まではあと三・四年かかると思ってください。アルファに首を噛まれても番は成立しませんので、そこはご留意くださいね」
オメガ、番、子ども……。頭がいっぱいいっぱいだ。
「あの……、本当に僕は……転化オメガなんですよね」
最後のあがきのように呟いてしまう。梶は至極冷静に答えた。
「きみはオメガです。しかし、アルファと同等の能力を有したオメガです。引け目に感じることはありませんよ。何か不安なことがあったら尋ねてください」
それ以上の言葉は期待できない。聖利は頭を下げるしかできなかった。
医師が立ち去ると、父も母も暗い表情でうつむき加減にしている。父が口を開いた。
「おまえが生まれる前に亡くなった俺の曾祖母がオメガだ。そちらの遺伝だろう。聖利、すまない。苦労をかける」
「因子を持ちながら、一生転化しないでアルファのまま終える人もいると聞いたわ。それなのに、なぜ聖利が……」
母はしきりに聖利の手を撫でていた。その言葉に両親が落胆より心配をしていることに気づいた。オメガはまだ生きづらい社会だ。
「父さん、母さん、ごめん。僕が転化してしまったせいで、迷惑をかけるかもしれない」
聖利もまたうなだれて言った。両親はせっかく期待してくれていたのに、こんな予想外のことが起こるなんて。
正直にいえば、まだショックで混乱している。アルファではなくなった自分がどう生きていけばいいかわからない。
ふと脳裏に來の姿が過った。
アルファではなくなったら、來には到底勝てないのではなかろうか。もう、ライバルとして張り合うことはできないのかもしれない。
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