62 / 88

6-4

 寮に戻ると時刻は放課後だ。來は部屋にいるだろうかと、尋ねてみるけれどいない。また夕食後にでも来ようと考え、生徒会活動のため校舎へ向かおうとした。 「楠見野」  サロンの前で声をかけてきたのは高坂だ。 「高坂寮長、こんにちは」 「これから生徒会か?」  はい、と返事をすると、周囲を憚るように小声で尋ねてくる。 「あのあと、添川から何か言われたりはしていないか?」 「なにもありません」  嘘だったが、言いつけるほどのことでもないと思ったのだ。 「そうか、あいつ思い込むと真っ直ぐなところがあってさ。かなり楠見野に気持ちがあったみたいだから……。この先も何かあったら言ってくれ」 「ありがとうございます」 「そうそう、楠見野の代わりにっていうのもなんなんだけど、海瀬來を今度寮長付きにするつもりなんだ」 「え……」  聖利は驚いて言葉を失ってしまった。寮長付きは、多くの場合は次期寮長である二年生が務める。一年生の抜擢は異例だ。 「海瀬は問題児と言われてるけど、成績は楠見野に次いで二位を常にキープしているし、運動部からは引く手数多の身体能力を持っている。話してみれば頭の回転がいいのもわかる。学校を抜け出したり、団体行動をサボったりするなら、いっそ寮の中枢に取り込んでしまおうと思ってね」 「それは……來、……海瀬は了承したんですか?」 「ああ。ひとつだけ条件をつけて、頷いたよ」  高坂が含みのある笑顔で見つめてくるので、聖利は訝しく首をかしげた。いたずらっぽく高坂が言った。 「添川が楠見野を寮役員に勧誘しないなら、寮長付きでもなんでも引き受けるとのことだ。楠見野、きみは海瀬に大事にされているな」  聖利は言葉に詰まり、熱くなる頬を隠したくてうつむいた。 「照れることない。俺と生徒会長もそうだが、長く一緒にいると兄弟とも家族ともつかない親愛が湧いてくるもんだ。生徒会長と寮長は不仲でないほうがいい。楠見野と海瀬がうまく学園を運営していってくれることを今から祈りたい気分だよ」 「はい……御期待に添えるよう頑張ります」  答えた声は普段の何倍も小さくなってしまった。 高坂と別れ、急ぎ足で校舎へ向かう。頬はまだ熱い。 來はどこまでも聖利のことを考えてくれている。一緒にいる道を模索してくれている。 うぬぼれてしまってもいいのだろうか。今はとにかく、早く來に会いたいと思った。

ともだちにシェアしよう!