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7.愛しのアルファ-1

 聖利が学校に復学できたのは、意外なことに事件から十日も後だった。  まず、聖利を襲った添川をはじめとした六人の男子学生は全員学園を去った。正確には主犯の添川が退学処分、他の五名は停学処分だったが全員自主退学していった。  未成年ということもあり、聖利も学園側も訴えを起こすことはせず示談となった。  來がこの件については最後まで刑事事件にすべきと怒り狂っていたので、おそらく今後も添川らは聖利に近づくことはおろか社会の表舞台にすら出られないだろう。本気になれば、その程度のことは簡単にできる環境を來は持っている。  学園側も、ヒートをコントロールしていた聖利には一切非がないと認め、オメガ性でアルファを誘惑したという誤解はされなかった。聖利はお咎めなしで復学できることとなった。  しかし、黙っていなかったのは聖利の両親である。赴任先のイギリスから飛んできた父と母は、聖利が寮に戻るのを許さず、このままイギリスのインターナショナルスクールに転入させると言いだしたのだ。  聖利を危険な目に遭わせられないと泣く母を無碍にはできず、場合によっては学園の管理責任と問うと息巻く父をなだめ、ともかく聖利は話し合いに苦心した。両親に納得してもらうまで一週間。  ようやく落ち着き、鉾を収めた両親を成田から見送って、聖利は学園に戻ってきたのだ。  その日の到着はちょうど夕食時であった。食堂に顔を出すと、そこかしこから声がかかる。 知樹と友人たちが手を振っている。彼らの顔を見ると、聖利もほっとした。 「楠見野、お帰り。本当に大変な目に遭わせてしまってすまない」  高坂がいち早く立ち上がり声をかけてきた。 「いえ、寮長の責任ではないです」  添川の暴走は予見できるものではなかっただろう。強いて言えば、自分自身にも責任の一端があると思っている。早い段階ではっきり拒絶をすべきだったし、オメガとして自衛意識をもっと持つべきだ。  すると、生徒会長の三井寺も寄ってくる。 「楠見野は強くて偉いね。泰二、寮内でのことは本当に頼むよ。楠見野はうちの子なんだから」 「今後、楠見野にはしっかり護衛をつけるから。な? 海瀬」  どきんとした。呼ばれて、端の席にいた來がのそっと立ち上がる。本当はずっと視界に入っていた。 「楠見野のこと頼むぞ。今日からまた同室なんだし」 「はぁ、善処します」  ぶっきらぼうな返事。聖利はそわそわと來の顔を盗み見てしまう。  学校に来られなかった期間、初めて來とスマホで連絡を取り合った。気遣う言葉はたくさんもらったが、声は聴いていない。  病院で一瞬繋がった心が離れていないか不安になってしまう。  來は聖利を一瞥すると、席に戻った。大丈夫だろうか。会わないでいるうちに、やはり違ったなどと思われていないだろうか。  不安なまま、聖利は皆に挨拶を済ませ、ひと足先に五階の自室に戻った。  二階の部屋から聖利の荷物はすべて運び込まれているようだ。ベッドに腰かけ、ドクドク鳴る心臓を抑えた。大丈夫、來はきっとまだ心変わりしていない。大丈夫だ。

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