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番外編.僕たちの蜜月-1

「すごい……」  広々としたリビングを見渡し、聖利は思わず感嘆の声をあげた。 「景色もまあいいよ」  答える來が、スクリーンをあげる。リビングの壁面のうち半分はガラス張りで、高層階から見渡せるのは都心のビル群だ。天気がいい日は富士山が見えるだろうし、日が暮れれば夜景が綺麗だろう。 「本当にこんな部屋、使っていいのか?」  おずおずとボストンバッグをダイニングセットの椅子に置いて、聖利は來を振り返った。  來は自分の荷物を革張りのソファに放り投げると、勝手知ったるといった様子でリビングをずかずか横切る。 「いいんだよ。叔父は一年の三分の二、海外だし。このマンションはコンドミニアム的に使ってんの」  リビングに面した一部屋の戸を開けると、八畳ほどの居室である。中にはダブルサイズのベッドが一台と勉強用のデスクが見えた。 「こっちは俺専用の部屋」  叔父の家に私室までもらっているようだ。母方の叔父のマンションだとは聞いているが、來と叔父がふたりで住んだとしても広すぎる住居である。 「実家は人の出入りも多いし、うるさいからな。休みはこっちで過ごすこともある」 「そうなんだ」  聖利はため息まじりに頷いた。気軽に使える別邸が都内のタワーマンションとは、やはりかなり一般人とは違う感覚だ。  もしかすると、來はあまり実家が得意ではないのだろうか。海瀬グループの運営する名門海瀬家。祖父母もまだ健在のようだし、親戚など煩わしい部分もあるのかもしれない。  そんなことを考えている聖利に、來がにっと笑ってささやく。 「つうことで、ほぼ俺の家だから。気にせずどこでも好きにイチャつけるぞ」 「おい、來」  今にもキスせんばかりに近づいてきた來の顔を、がしっと頭蓋骨を掴んで押しのけた。 「聖利、いてえ。髪抜ける」 「離れるんだ」  到着早々にベッドになだれ込むわけにはいかない。今にも聖利を抱き寄せようとしている腕を叩き落とし、聖利は自ら一歩下がる。 「まずは買い出しだ! 食材、何もないんだろう?」 「はいはい。そーでした。……相変わらず真面目だな、聖利は」  來が首をすくめて、渋々といった様子で抱擁とキスを諦める。  聖利と來はこれから七日間、このタワーマンションの一室で同居する。  それは聖利のセカンドヒートのための、実験的な同棲だった。

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