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番外編-7
夕食は本当に來が作ってくれた。
包丁も、調理器具の扱いも手慣れたもので、聖利が手出しをする余地はない。チキンのグリルとサラダ、ミネストローネという夕食は、お店で出てきそうなほど綺麗な仕上がりだった。
「いただきます」
「ああ、食べてみてくれ」
ひと口スープを飲み、美味しくて目を見開く聖利。その顔で、來は満足そうに微笑んだ。
「店のメニューくらいしかレパートリーないけど、聖利と暮らすようになったら、もっと色々覚えるよ。飯は俺の係な」
ルームシェアしながら大学に行こうという夢は、來の中でまだ生きているらしい。いや、それはすでに聖利の夢でもある。
しかし、食事に関して任せっきりなのも癪だ。
「なあ、聖利、感想は?」
「美味しい。美味しいよ。でも悔しい」
「何が?」
「格好よくて、優しくて、料理までできるなんて、來ずるい」
「あと、セックスも上手くて?」
「からかうなよ。僕も絶対料理できるようになるからな」
ムキになってしまう聖利に、來がテーブルの反対側から手を伸ばしてくる。頭をポンポンとあやすように叩かれた。
「いーじゃん。俺からしたら、聖利の方が格好いいんだよ。学年一の頭脳、世界一の美貌、逆境にも負けない不屈の精神と忍耐力」
どうもからかっている口調じゃない。声も瞳の色も真摯だ。
「俺の恋人は誰よりも格好いい。俺はそんな聖利に相応しくなりたくて中学からずっとおまえを追いかけてるんだから。張り合ってくれたら嬉しいけど、これはおまえに任せるって頼ってくれたらもっと嬉しい」
語尾が甘い。そんなふうに想ってくれていたという事実に胸が疼き、聖利はおずおずと頷いた。
「それじゃ、來に任せる。でも、僕も手伝えるようになりたいから、料理教えて」
「ん、オッケ。一緒にメシ作るのもいいな」
來の作ってくれた食事はとても美味しい。だけど、気もそぞろになってしまうのは自分だけではないだろう。
抱き合いたい。きっと、來もそう思ってる。
時間が経つほどに、空気の密度があがっていくように感じる。むせかえるような欲望が、じりじりと自分と來を染めていく。
不思議な感覚だ。追い詰められるような、急くような。それでいて、とろりとゆるやかな時間の流れに身を任せていたいような。
軽い会話をしながら、たまに視線を合わせて食事をする。まるで前戯みたいに官能的な夕食だった。
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