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第29話 勝者と敗者
A国はラストアイランドと違い大きな大陸で簡単には飲み込めないだろう。それでも黒は全てを手に入れるためにこの地に渡った。
ラストアイランドのホテル、レジャー施設、カジノなどの運営は燈が権限を持ち仕切っている。黒はCEOという立場にあり、全権を燈に託しA国に渡ったのだ。
業務報告のために連絡を取り合うことはあっても燈とはもう何年も顔を合わせていない。すっかりおっさんにでもなっていたら存分にからかってやろう。
「飯が冷めるだろ。さっさと起きろ」
「わかった。わかったから杖で突く の止めてよ」
「ったく、世話の焼ける」
悪態をつきながらも楽しそうなのは知ってる。特にA国のカジノでポーカーやスロットをやってる時は生き生きしてる。そういうのに疎い俺はいつも何が楽しいのかわからないまま突っ立っていた。
黒は怖いくらいどんな環境でもすぐに順応して、随分前からいたんじゃないかと思うくらいの余裕を醸し出している。
そしてカジノの客たちは黒に魅了されるようにテーブルを囲んで、行く末を見守っている。沢山の人達が黒の虜になっていくのを俺は側で見ていた。彼らからすれば俺は護衛に見えるらしい。
片目に眼帯で杖を持つ黒は他者からはミステリアスに見えるようで、どんな人生を経てそうなったのか、どれだけの闇を持つのか。知りたがるのは何も女だけじゃない。同性も彼を口説く。黒はそんな誘いに乗ることはない。靡かないのが逆にいいとしつこい者もいたが、そういうのは大体次の日には居なくなっている。
護衛によって消されたのか黒が自ら手を下したのかは定かではないが、翌日の紙面に載っていることがあった。消すなら俺にさせてほしい。黒は誰のものでもなく俺だけのものなのに、身の程知らずが露出多めの服で誘惑したり、甘い誘いをかけて口説き落とそうするのだ。
どれだけ俺が嫉妬しているのか黒は知らない。だが一つ愛されていると確信が持てることがある。それは俺だけしか抱かないことだ。ワンナイトラブを期待してホテルに誘う者もいたが、黒は丁重に断っている。それでも断る時に恋人がいることを言わないのが憎らしい。俺が黒の恋人なんだと世間に叫んでやりたい。
そんな思考を巡らせたままベッドでグズグズしていると唐突に抱きしめられた。
「な、何」
「特に意味はないが昨晩接待で飲んでいた時、すごい剣幕で見つめてきただろう」
「そんなことない」
「嘘つくな。あの時何を考えていた」
昨晩は特に重役をもてなしていた。その男が黒にベタベタと触れてくるから、俺は不機嫌になったんだ。笑みを浮かべてはいたが黒の目は笑っていなかったし、喜んでいない事は分かっていたから尚更だった。
「あの男…ベタベタ触れてきただろ。特に膝を撫でたり…見てて気持ち悪かった」
「っははは…嫉妬か。周、お前。あの男に嫉妬したのか」
「そんなんじゃないって」
「お前には全てさらけ出した筈だ。あの男より何倍も私を知ってるだろう」
どんな過去を持ち、失った者の大きさや彼の歪んだ性格の原因。たくさん知ってる。もちろん学生時代のころや幼少期の頃は知らない。それでもあんな男よりは知ってるつもりだ。優しさも冷酷さも孤独さも――
「でも触るなんて…嫌なんだ」
「膝なんかより凄いもの触ってるだろ」
「ば、ばか。あれは…」
「私のここを独占しているだろう」
黒は自分の下腹部を見せつけるように近づけてくる。最近忙しくて抱き合ってないから見せつけられるだけで体が疼く。本能的に求めてしまう。甘い蜜を知ってしまったら抜け出せない。癖になるくらい気持ちがいい。
「黒…あんたがほしい」
「朝からか」
「時間なんて気にするの?」
所構わず人の体のことなんて無視して抱きまくってた癖に時間なんて気にするように思えない。
「夜を待て会議がある」
「そんなことで俺の誘いを断るつもり?」
「…仕方ないな。口でだけだ。それ以上は我慢しろ」
「わかった。俺もやるから横になって」
声かけに拒否なく、黒がベッドに横たわった。いつもの香水の匂いがふわりと上がり鼻を掠めた。
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