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第30話 ライバル出現?
A国に渡って数日経ったある日のこと。国際空港のターミナルである男を待っていた。前日の夜、急に黒から知らされた挙句誰が来るのかは教えられないままだった。
午後1時30分、ターミナルエリアに現れたのは、褐色の肌に短髪にダークスーツをまとった男だった。組織に所属していて一度も見たことがない奴だ。
黒はその男に対して親しげに笑みを浮かべて話していた。俺が組織に来る前からの知り合いなのかもしれない。
A国の事務所に戻り大まかな情報を資料で見ることができた。 新たな護衛は|我妻 聡《あがつま さとし 》といい、N帝国で公安や警備部に所属する警察官として働いた過去を持つらしい。
同じ警察官でも我妻は経歴からして戦闘において長けている。悔しいが敵わない相手だ。誰よりも首領に忠実で命令に対して一切の疑心感を抱かず言われるがままに従う忠実な護衛。その行動はラストアイランドを統括している燈に似ている気がした。だが燈には従う理由があった。黒に惚れ込んでいたのだ。
我妻はどうだろうか。彼もまた黒に惚れ込み、全身全霊をかけたいと望んでいるやもしれない。そんな男を密かにライバル視している。
「周‥起きろ‥」
「ん、うん‥」
黒の一声で覚醒して冴えない意識のままベッドから出ると、そこにはすでにスーツを身に纏い仕事モードの我妻の姿があった。護衛は扉の前で待つものと思っていたがあろうかとか中に入ってきていた。
慌ててベッド近くに置いた服の中にある下着を履いた。その様子を我妻は全くの無表情で見つめている。
黒も表情豊かな方ではないし、冷酷であればあるほど無表情にはなるが、それでも俺の前で表情を表に出してくれる。我妻は黒以上に感情の読めないやつだ。訓練すればそうなれるのだろうか。
「我妻、おはよう」
「おはようございます。テラスに朝食の準備ができておりますので、呼びに参りました」
わざわざ起こしに来るなんて護衛というより執事に見えてきた。我妻の薄茶色の瞳がパンツ一丁の体を品定めでもするように足先から頭の先まで往復している。
黒みたいに鍛え上げられたシックスパックのある体ではないが、引き締まってはいると思う。それでも我妻の視線はどこか憐れみの様なものが含まれている気がする。気のせいかもしれないが‥
「我妻、ご苦労。あとは通常業務でいい」
「は、はい。では失礼いたします」
まじまじ俺を見つめる視線が堪えられなくなったのか黒は我妻を遠回しに外に出る様促した。もしかして俺……狙われてる?
男にそういう目で見られるのは滅多にない。でもなぜが素直に喜べなかった。
「早く服を着ろ‥」
「黒‥もしかして妬いてる?」
「何がだ‥」
「我妻に嫉妬して外に出させたんじゃないの?」
黒は不機嫌な顔のまま、身支度を済ませてネクタイを締めている。手つきが少し荒々しい気がした。これは間違いなく嫉妬だと思うんだけど、認める気は無いようだ。
「行くぞ‥」
「あ、待って‥」
「‥ネクタイ、曲がってるぞ‥」
慌てて締めたから曲がっていたらしいネクタイを黒は締め直してくれた。世話の焼けるやつといつも悪態を吐く割に何かっていうとこうやって世話を焼いてくる。黒にネクタイを直させるなんて大それたこと他にできる者がいないと思うと嬉しい。
「早く来い‥置いていくぞ」
そう言って黒は杖をつき、扉を開けて出て行ってしまった。置いていくとはいえ、歩行速度はそれほど早くない。五年前までは早歩きする人だった。後遺症のお陰という言い方はふさわしくないが、並んで歩ける様になったのは俺にとってありがたいことだ。
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