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第30話 ライバル出現?

「‥っあ‥やめて‥下さい‥」 午後8時、食後に訓練をして風呂を浴び部屋の扉をあけて中に入ろうとした時あられもない声が聞こえてきた。我妻の艶っぽい声にまさかと思った。黒が我妻を抱いてる?俺以外抱かないと約束したのに浮気をされてしまったのだろうか… 何もかも我妻の方が上手なのはわかっている。容姿もスーツの上からでもわかる鍛えられた肉体も、銃の腕も忠実さも俺の方が劣る。 飽きられてしまったのか。単に魔が差しただけなのか。理由は何であれ、このままここに立っているのは居心地が悪かった。 「んは‥は‥首領‥やめ‥」 声が行為の激しさを表しているようで耳を塞ぎたくなった。浮気された悲しさよりも怒りの方が増している。 元々特定の相手を持たなかった黒が俺だけと約束して続けた関係だ。今までよく我慢したと褒めるべきだろうか。色んな思いや感情がないまぜになって爆発し発狂でもしてしまいそうだ。 意を決して中に入ろうとドアノブに手をかけた。これほど勇気のいることは早々ないだろう。情事の最中に部屋に入ろうとしているのだからどうかしている。それでもこの目で確認して嫌味のひとつでも言ってやらないと気が済まなかった。 ガチャリと扉を開けてキュッときつく目を閉じたまま中に入った。扉を閉めて少し歩き目をそっと開く。 「え?」 目の前に広がる光景にただ疑問しか浮かばなかった。我妻はスーツの上着やスラックスのひとつも脱いでいない。黒もスーツのまま全く衣服の乱れがない。どういうことだ? 2人がけのソファに座る黒が我妻に手を伸ばし顔を引っ張ったり脇腹をくすぐったりしていた。 「なにしてるの?」 「堅物で面白みの欠ける我妻で遊んでいた。意外と脇腹が弱いらしい」 「なんだ‥そんなこと‥」 「どうした、何かあったのか?」 黒は不思議そうな表情でこちらの反応を窺っている。ただの勘違いだったことに安堵していると体から一気に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。 「周、具合でも悪いのか?」 「大丈夫…変な勘違いしてただけ‥」 「どんな事だ」 「我妻が変な声出してたから‥黒が抱いてるのかと‥思って‥浮気されたと‥」 黒がその場にしゃがみ込んで同じ目線の高さのまま抱きしめてきた。そして体が離れたと思ったら手で目を拭われた。俺泣いてる?まさか‥いや、泣いてたんだ。 「完全に勘違いだな。あの時の約束はまだ有効だろう。それとも反故にするか」 「いやだ‥」 「だったら変な勘違いするな」 黒に腕を引かれてその場から立ち上がった。しゃがんだりするのは後遺症の足には負担になるのに俺のために顧みずにしてくれた。これが愛以外の何だというんだ。言葉で伝えられるより深く重い。でもそれが嬉しい。 「ごめんね‥」 「勘違いさせてた私も悪い。疑われる様な事をしてきたからな。信じられなくても無理はないか‥」 黒は少し悲しそうな顔でそう言った。傷つけたかもしれない。信じてるフリをして心の何処かで誰かを抱いてるんじゃないかって疑ってたんだ。浮気していると決めつけた。恋人を疑うほど俺の心は荒んでいたのか。 「…黒‥信じていいんだよね」 「‥それは周が決めてくれ。嫌なら止めにしたっていい」 「それって今の関係を俺が止めたいって言ったら素直に受け入れるって事?‥信じてって、何で言ってくれないの!」 大声でまくしたてる様に言ってしまった。こうも簡単に別れを切り出せるのかと思ったら、抑えがきかなかった。 黒は過去に婚約者を失い、自分を責めていた。心を開いてちゃんと言葉で伝えればよかったと後悔していた。薬のせいとはいえ、浮気されて兄と肉体関係にあった婚約者を悪くいわず、辛さや怒りを抑え込み。やがて誰も信じなくなってしまった。過去の傷を抉るかのような会話に肝が冷えた。 「‥すまない…」 「黒…」 黒は一言呟いて部屋から出て行ってしまった。傍観者だった我妻から後を追うように言われて、俺は慌てて部屋を駆け出した。あの足ではそう遠くには行っていないはず。屋敷から出てはいないだろう。

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