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第31話 ライバルの真意
地下の射撃場で射撃の練習をしていたら、我妻がノースリーブのシャツを着て現れた。腕に刺青は見当たらない。組織に属すと儀式的に行われていた筈だが、廃止になったのだろうか。隣のブースで同様に射撃の練習をし、1発も外さず的の心臓部を撃ち抜いていた。さすがの腕前だな。
ある程度打ち終わり、ブースから離れて水を飲んでいたら我妻が現れた。そして何も言わずまた熱視線を送ってきた。最近よく会うし、その度に何も言わず見つめてくる。
「どうかした?」
「いえ‥」
「なんでそんな見つめてくるの?」
「‥‥どうしてかと思いまして…」
我妻の言葉の意味がまるでわからない。不思議に思っているとまたじっと見つめられた。なんか居心地悪いし、気まずいな。
「何のことかわからないんだけど‥」
「いえ‥今のは忘れてください」
そう言って我妻はまたブースで射撃を始めた。何を考えてるの全くわからない。モテてるのか憎まれてるのか。どちらにしろ気持ちいいものじゃない。
ある程度休憩したところで訓練を再開した。休んでいた分やはり下手くそになっていた。こういうものは怠ると取り返すのが大変だ。
「重心をもっと左だ。標的をよく見ろ」
背後から聞き覚えのある声がして、銃を握る手に手が重なった。耳にかかる声がくすぐったい。声の主はやっぱり黒だった。杖を片手に後ろから抱きしめられる体勢で教えられた。
「黒、どうしたの?」
「また訓練を始めたと聞いたから見に来た」
「やっぱり経験値が全然足りてないね」
「私は体術や銃の扱いを習得する為に軍に入れられた。強くなるのに手っ取り早いのは軍人になる事だな」
黒が軍人だった四年ほど所属していたらしい。でも動機が不純だ。守るためではなく奪うための力を得る為に入隊したのだから。入れられたらしいから本人の意思ではないのだろう。
「私の居た軍の内情は酷いものだった。マウントの取り合い、訓練と銘打っての暴力」
「黒は無事だったの?マウントってつまり‥」
「私は人より身長が高く体型は細身だったが、大抵は刺青を見て止める奴ばかりだった」
「でも‥マウント取られたりしたの?」
刺青のお陰で手を出さなかった者もいたのだろうが、怯むことなくやってくる奴はいたかもしれない。黒はなんの表情も見せないまま「さあな」と言った。
「随分昔のことだ。気になるのか」
「黒が望んだわけじゃないってことは分かってるだけど、マウントとか言って強姦した奴が許せない」
「だがそういう奴はほとんど死んだ」
劣悪な環境の中でも折れる事なく強く生きてきた黒に敵う事はないだろう。俺が同じ立場で同じことをされたら、耐えられなくて逃げ出したはず。
黒が復讐で殺したのか戦地で死んだのかは不明だがそういう奴はろくな死に方をしなかったらしい。
「黒はそれでも逃げなかったんだね」
「後継者として期待されていたし、兄は養子だったからな」
「長男ではなく次男が継いだってこと?」
「あぁ、そのことに兄は納得していなかった」
母親は子供を産みにくい体だったらしく、このままでは跡取りができないと養子を迎えたのが黒の兄らしい。でも数年してから母親の妊娠がわかり、実子が誕生した。それが黒だそうだ。
血筋的には直系が望ましいと判断した父親が後継に選んだのは兄ではなく弟。当然後継者として期待されて育った兄は弟の存在を憎いと感じたはずだ。
「今、お兄さんは?」
「死んだ。婚約者と不倫していたからな」
「そうだったね」
心や性格全てを狂わせた婚約者と不倫関係にあった兄を黒は当然許さなかっただろう。どれだけ酷い仕打ちをしたのか想像するだけでも恐ろしい。
「兄は私から奪いたかったんだろう。幸せになるなんて許さないと言われた」
「そんな酷いよ」
「両親の方が酷いだろう。養子だからと継ぐ権利さえ与えなかったんだからな」
黒の過去に明るいものはないのだろうか。継ぐために劣悪な環境に晒され、心の拠り所と呼べる存在はなく一人で耐え続けた。そんなことだから歪んでしまったのかもしれない。
愛し方なんてわからないと言われたことを思い出した。両親からの愛を知らなかったから、他者への与え方なんてわからなかったんだろう。
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