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第36話 終わらない悪夢

「一度死の淵に立た恐怖は忘れられないだろう。私も手の中で冷たくなっていく周を支えていた感覚は忘れられない」 「互いにとってあれは忘れられない記憶だけど、いつか訪れる現実でもある」 「そうだな。いずれは死ぬ。共に逝くのは現実的に難しい」 愛し合った者でも死ぬタイミングまで同じとは限らない。バラバラになってしまうのに何故人は愛することをやめられないのだろう。まるで我々はさよならを言うために出会ったみたいだ。  黒は失う苦しみをまた味わうことになる。以前トラウマになって人を愛せなくなってしまったのに、また同じ思いをさせてしまう。それでも愛することはやめられない。離れることなんてできないんだ。 どれだけ悪夢を見ても、死が怖くても俺は黒を愛することをやめられない。今更後戻りなんてできないんだ。 「でも亡くなる時は一緒にと願うのは何でかな。辛い顔をさせなくて済むからなのかな」 「周を失うのが一番辛い。見送るのもな」 「それでも俺は黒の命を守るために盾になるし、敵を排除するために槍にもなる。あんたの為なら、何でもできる」 愛は人を臆病にさせるが強くもさせる。守るべきものがいなければなりふり構わずイバラ道を進めたが、愛しい人ができると躊躇してしまう。でも恋人のためなら大胆になりイバラ道も越えられる。愛とは不思議だ。 「私も同じだ。己の欲望はお前なしでは成し遂げられない」 「目指すものの先は?」 「私はどこまでも貪欲で満たされることを知らなかった。愛すら知らずに生きてきた。だから望むものは全て手に入れたい。世界も愛する者も」 「愛する者ならすでに手に入れてるでしょう」 おかしくて微笑むと頭を撫でられた。優しく包み込まれるような触り方に愛されているのだと感じられる。この手を離したくない。置いて行きたくないし、置いていかないでほしい。 「お前の背負ってる死の恐怖は俺の失う恐怖と表裏一体だ。だから共に背負う。どんな悪夢も一緒なら怖くないだろ」 「そうだね。奈落の底でも二人なら怖くないし、無敵だと思う」 思わず涙がこぼれた。自分でも意図してない事に驚く。何故泣いているのか理解できなかった。黒の手が伸びそれを優しく拭った。 「何故泣く?なにが悲しいんだ」 「わからない。突然溢れて止まらないんだ」 途端に抱きしめられ、黒の鼓動を直に感じた。それだけで守れたのだと安心できる。護衛としての任務は解かれても守るべき対象なのは変わらない。恋人になってからより増したように思う。 死ぬのが怖いから泣いてる訳じゃない。たださよならを言わないといけない日が来るのが悲しいのだ。  人が永遠の命を求めるのは単に死にたくないからだけじゃない。失いたくないからでもあるのだろう。  それ程までに大切だと思える人と出会ったことのない人には理解できない考え方かもしれない。俺もそうだった。人の道徳に反することを願うなんておかしいと考えていた。それが今では永遠を願っている。人の考えは状況によって如何様にも変わるのだ。

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