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花曇りの午後 Ⅱ
「ごっめんね!紅夜くん!」
皆でご飯を食べる場所らしい談話室で、紅夜はようやく親戚の親戚、そのまた遠い親戚の白鳥夏衣 と対面していた。如何も理由は分からないが、一禾と一緒に二階から降りてきたところ、夏衣も丁度帰ってきたらしい。白鳥のおじさまは紅夜が思ったよりも若く、やっぱり端麗な顔をしている。
「ええですよ、一禾さんが案内してくれはりましたし」
「ごめんねー、ホントは俺が何とかしなきゃならないのに・・・」
「ホントだよ、床に額擦り付けて謝りなよ」
「・・・一禾のドS・・・」
「何か言った?白鳥のお・じ・さ・ま?」
「・・・なにそれ・・・」
「まったまたー、なに?紅夜くんにそんな呼び方させて!」
「・・・紅夜くんそれ・・・」
「え、でも白鳥さんを呼ぶときにはこうしなさいって向こうの人が・・・」
「・・・あいつら・・・」
向こうの人、というのは紅夜がこれまでご厄介になっていた親戚の親戚、そのまた親戚かどうかも疑わしい人たちのことであった。紅夜は6年間関西の親戚という親戚をたらい回しにされていたので、喋る言葉は完全に感化されてしまっていた。
「でも、やっぱナツの目は正しいね」
「・・・でしょ?」
「京義を連れて来たときも思ったけど、今度も凄い」
「何言ってんの、一禾が一番可愛い」
「あぁそう」
「・・・?」
目の前で男前二人がこそこそと何か話している絵というのは、こちらをどうも不安にさせる要素になりうる。自分のことであることは多分そうなのだろうけど。紅夜は事の成り行きをどきどきしながら待っていたが、一禾が不意に夏衣の頭を叩いて、一禾がこちらを向いた。夏衣は叩かれてずれた黒縁の眼鏡を引き上げている。
「・・・俺も写真見たとき思ったんだよねー。親戚にこんな可愛い子いたなんて知らなかったし」
「親戚の親戚の、そのまた遠い親戚でしょ。つまり他人」
「いや、でもでも!やっぱり俺の血って凄いなぁ・・・」
「ナツ関係無いし」
「・・・あの・・・」
「いやあね、紅夜くん。怖がることは無いんだよ、うん。ナツはちょっと変な性癖持ってるけど・・・」
兎も角、この白鳥夏衣という男が自分を救ってくれたのは確かだった。「向こうの人」は完全に紅夜を厄介扱いしていたし、紅夜もあんまり「向こうの人」のことは好きになれなかったのだから。「白鳥夏衣」が引き取るとなったとき、「向こうの人」は随分喜んでいた。それは紅夜を手放すことが出来る以上の奇妙な歓喜だった。
一禾は驚くほど綺麗でその上優しい。京義は少し無愛想だけれど、何だか自分の世界を持っているような気がする。そうしてやっぱり何も寄せ付けないだけの美しさがある。夏衣は一禾の言うように少し変なのかもしれないが、見目形は手放しで賞賛できる端麗さ。一体このホテルはどうなっているのだろう、紅夜は背中に冷たい汗を感じながら、再三そう思っていた。
「・・・何やってんの、お揃いで」
だが、驚いてばかりも居られないのだ。
「あ、染ちゃんおかえりー」
「ただいま、一禾」
「プラチナ」の住人は皆男、それもどこかでモデルやっていても良いような良い男揃いだが、染はその中でも完全に群を抜いて、男前だった。少し眺めの髪は何の加工もしていない黒で、二重のぱっちりした目は淡いブルー。筋のはっきり通った高い鼻、薄めの唇、それらを構成し、整えている肌は血管が透けて見えるほどの白をしている。どこからどう見ても、紅夜が言葉を失うほど完全な男前だった。
「ナツと一禾は何やってたの?」
「染ちゃんにも紹介するよ。昨日言ってたでしょ、相原紅夜くん」
「・・・あぁ、アンタが・・・。またそりゃ災難なことで・・・」
「何てこと言うんだよ、染ちゃん。そんなに可愛い顔しちゃって・・・」
「ナツ。いい加減にしないとその顔ぶっ飛ばすよ」
「染ちゃんも可愛いけど、一禾も可愛い」
「あぁ、そりゃ挨拶だね・・・?」
一禾と夏衣はまた何か言い争っている。いつものことなのかもしれない。その間に挟まれている染はけろんとしていたからだ。もしかしたら本当に、染の言うようにここに来たのは災難のはじまりだったのかもしれない。紅夜はそう思って、ゾッとした。幸先が悪い。悪すぎる。
「相原紅夜?」
「・・・え、はい」
そんなことを考えて一人で青くなっていたところ、染が近づいてきた。見れば後ろでまだ一禾と夏衣は火花を散らしている。そうは言っても、一禾が一方的に噛み付いているだけのようだったが。近くで見れば見るほど、やっぱり染のその完璧さは気味が悪いほどだった。この人が本当に自分と同じ人間で、息づいているのか不思議だった。
「俺、黒川染 。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします・・・」
「ウチのホテル、ちょっとおかしいかもしれないけどさ、でも皆良い奴なんだよ」
「・・・はぁ」
ちょっとどころかかなり可笑しいことに、その時気付くべきだった。紅夜は後々、この時のことを思って後悔することになる。
「今日は目出度く、紅夜くんが「プラチナ」の一員になりました!それを祝ってぇ!かんぱーい!」
夏衣の乾杯の挨拶と共に、染と一禾は勢い良く酒の入ったグラスを打ち付けあった。実際はそんなに強く打ち付ける文化はどこにも無い。紅夜の目の前にはジュースが準備してある。隣に座っている京義は肘を突いて、もう完全に熟睡状態だ。
「でもホント、ナツの親戚なの?騙されてるんじゃない?」
「いやぁ、この可愛さは俺の親戚でしょ!俺の親戚に違いない。むしろ俺の息子だといっても過言ではない」
「過言でしょ」
「俺はナツさんのことよう知らんかったけど、向こうの人はよう知ってはるみたいやった。くれぐれもよろしゅうって」
「方言!何て可愛いんだ、方言!」
「へぇー。ナツ実家関西のほうだったっけ?」
「うん、確か。京都でしょ?」
「ねぇ紅夜くん、今日お兄さんと一緒にねよ?ね、そうしよ」
「年増のオジサンとは一緒に寝たくないよね。加齢臭移っちゃう」
「・・・一禾、言い過ぎだぞ」
「・・・」
ジュースと共にテーブルに並べられた、色とりどりの料理は全て一禾が作ったものだった。共同生活、という事なので、それぞれ担当があるらしい。と言うことは、一禾の料理には全く興味を示さず、隣で眠る京義も何か任されているのだろうか。
「京義、完全に寝入ってんな」
「良いよ、起こさなくても。京義の寝顔可愛いし・・・!」
「ホント、ナツはそればっかり誰でも良いんだね」
「何言ってんだよ、俺は一禾だけだって」
「あー、そー」
一禾が面倒臭そうにそう返事をして、染が笑う。紅夜はその日の豪華な夕食を食べながら、随分満たされていた。小さな頃から親戚の家を鞄一つで渡り歩いていたが、こんな風に温かく迎えてくれたところは、その何処にもなかった。想像していたものとは少し違うかもしれない。それでも、紅夜はここがもしかしたら自分の居るべき場所になるのではないだろうかなんて、少し思っていた。
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