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花曇りの午後 Ⅲ

翌日、目を覚ましたのは7時だった。目を開けたと同時に見える白い天井。部屋の中は昨日見た京義の部屋の様相と変わらず、がらんとしていた。親戚、親戚、また親戚で色々なところを渡り歩いているうちに、紅夜の荷物は減っていった。昨日は酷く殺風景だとも思ったが、案外生きるには必要なものはそんなに多くのものではないのかもしれない。 備え付けのクローゼットの中にあるのは、紅夜の服が何着かと、昨日夏衣に貰った高校の制服だった。こちらに越してくることが決まって、夏衣が学校に申請していたらしい。先に届いていたそのまっさらな制服は流石、都心の学校。中々センスのあるものだった。それに腕を通し、ネクタイを締めると紅夜は鞄を持って下に下りていった。 昨日の談話室には、既に夏衣と染、それに料理を運ぶ一禾の姿があった。 「おはようございます」 「あぁ、おはよ」 「おはよー、制服似合うねー、かっわいい・・・!」 夏衣は相変わらず、染はその隣で新聞の記事のテレビ欄では無い部分を読んでいる。その目は少し眠そうだ。一禾はエプロンをし、嬉々として料理を運んでいる。分かったことだが、京義の姿はまだ無い。昨夜の様子では朝は酷いのだろう。起きてくるかどうかも心配だ。 「京義起こしてくるかぁ。今日も遅刻じゃ、紅夜が可哀想だからな」 「はい!じゃぁ俺が起こしてきます!可愛い京義の寝顔を堪能!」 「ナツ、お前欲望がその口から駄々漏れだぞ」 染が夏衣に呆れてそう言っていたとき、紅夜の後ろで談話室の扉が開いた。見れば京義が、空ろな目を擦って立っている。紅夜と同じ制服を着ているが、どうもだらしない。ただ、格好をつけそういう風にしているわけではなさそうだ。ふらふらと部屋の端に置かれているソファーに歩いていくと、そこに転がってまたすぐ寝息。多分、本人は起きようとしているのだろう。睡魔がそれを邪魔しているだけで。 「やだなぁ、京義。そんな姿道行く女の子に目に毒だよ」 「・・・」 奥で一禾が一番お前の目に毒だ、と言っていたが、夏衣は聞こえていない。ソファーに転がって動かない京義のシャツのボタンを閉め、ネクタイをきっちり結ぶ。京義はされるままで、何も言わないし勿論起きる気配も無い。そうやって見るとやっぱり京義もその容姿は派手ではあるけれど端麗だ。 「紅夜くん、染ちゃん。ご飯だよ。ナツ、京義は食べられそう?」 「しょーがないなぁ!じゃぁ京義には俺が食べさせて・・・――――」 「いい加減にしなよ、ナツ」 「いやん。一禾目が据わってるよ」 京義が目を擦って、ようやく立ち上がった。何も言わなくても多分、京義もこの光景には慣れっこなのだろう。実際、新聞を読んでいたままの染はそれを笑顔で傍観していたからだ。がっくり項垂れている夏衣も食卓について、ようやく豪勢な朝食が始まった。 一禾に持たせて貰ったお弁当が何も入っていない鞄の中、揺れている。前を歩いているのは京義。一緒の高校だからね、とそういえば初日一禾に言われたことを、思い出した。有名進学校らしいが、その響きと京義の外見が如何も不釣合いだ。 「なぁ!」 「・・・」 声を掛けると、京義が振り返った。日の光に透ける白い髪、双眸はどちらも赤い。左耳にはピアスの列。にこりともしない無表情。如何も取っ付き難い印象がある京義。他のホテルの皆が歓迎ムードだったのに対して、紅夜は京義が目線を合わせてくれたことが無いのを何となく分かっていた。 「・・・京義・・・ってその、名前で呼んでもええ?」 だから紅夜は不自然なほどにこやかに、話題を振ってみた。しかし、京義は無表情のままやはりにこりともしない。紅夜の笑顔だけが引きつって、いつもは何も通らない道路を車が走っていった。 「・・・っていうか、もう呼んでる・・・しな!」 「・・・」 くるり。無常にも京義は紅夜に全く興味を示さずに、欠伸をしながら歩き出した。一人にされては不味いので、紅夜も慌ててその背中を追いかける。京義は何も無かったように、いつものように欠伸をしながら歩いている。もう目覚めてから随分経つのにまだ眠いらしい。 「ちょ、ちょっと!」 「・・・お前さ」 「・・・!」 愛想は無いが、京義はまだ人間の範疇だ。当たり前だが、紅夜はそれに過剰に吃驚していた。京義は紅夜と仲良くするつもりなんて無いらしい、喋りながら目線は合わさず、歩く速度は弱めない。 「・・・ナツの親戚なの」 「・・・え?」 「・・・」 「ナツって・・・夏衣さんの・・・」 「・・・そう」 夏衣のことは皆ナツと呼んでいる。皆そう呼んでいるから違和感は特に無かったが、いつも寝ていて人の話など全く聞いていない京義までそう呼んでいるのは予想外だった。何だかんだ言っても京義も「プラチナ」の人間なのだろう。取っ付き難いと思ったが、案外そうでも無いらしい。 「ええと、うん。多分そういうことになってるんやろうけど・・・」 「ナツのことなんか知ってんのか」 「・・・え?」 「・・・お前そればっかりだな」 「・・・え、あ!・・・ちょ、京義!」 「聞き返すことだけしか脳がないのか」 「・・・!」 勿論、有名進学校に行く紅夜は頭が悪いわけではない。ただ、目の前を無常にもすたすた行ってしまう京義のお眼鏡には適わなかったらしい。 ホテルからバス停まで15分、バスに揺られて30分、駅について電車で更に30分。そこに紅夜と京義の通う進学校が在る。多分そんなことだろうと思っていたが、同じ制服を着ている生徒が増えるにつれて、やっぱり京義のその姿は良くも悪くも異様に目立っていた。そうして思っていた通り、誰も話し掛けようとはしない。紅夜は京義に案内されて、職員室まで連れてこられた。 「・・・じゃ」 「え、あ・・・ありがと、京義」 京義は欠伸をしながら、やっぱり眠そうに階段を上がっていく。京義の教室は4階なのだ。残された紅夜は、少々緊張しながら職員室の扉を開けた。紅夜のクラスは1年A組。担任教師に連れられて、教室までやって来ると、慣れた調子で紅夜は教師に続いて扉をくぐった。親戚をたらい回しにされていた頃、何度と無く転校は経験している。今更緊張することなんて何も無い。 「はじめまして、相原紅夜です」 散りかけの桜が、紅夜の転入を祝っているようだった。

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