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もしかしてそう Ⅰ
紅夜が「プラチナ」にやって来てもう一週間が経った。「プラチナ」の人間は相変わらず、美しいばかりで紅夜は戸惑うことだけを異常に覚えた。「プラチナ」からかなり遠い学校に行きだしても、もう一週間が経過していた。学校の雰囲気にも慣れ、紅夜は徐々にこの土地に馴染みかけていた。
だが。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
その間、行き帰りを京義と一緒にしていたが、いかんせん何も喋ることが無い。京義について分かったことは、京義が眠そうなのは朝や夜だけでなく、一日中だということ。基本的にぼんやりしていて、話を聞いていない。半分寝ているのではないかと紅夜が疑うほど。そして、恐ろしく無口だった。
「・・・今日・・・今日は良い天気やなぁ!京義」
「・・・あぁ」
「・・・ば、バスこうへんなぁ・・・」
「そうだな・・・」
「・・・」
「・・・」
紅夜から何か話しかけても、大体返事は二言三言で済まされる。ぎこちなくなった笑顔を崩して、紅夜は溜め息を吐いた。二人しかいないバス停のベンチ、そこに腰掛けて何もすることがなくなると空を見上げる。隣で京義は寝ているのか起きているのか、それすら分からない。
(・・・何や、変わった人やなぁ・・・とは思ってたけど・・・)
ちらりと隣で全く動く様子の無い京義を見やる。真っ白い髪は当然痛みきっているはずなのに、きらきらと光を反射している。この太陽の下でも全く焼ける様子の無い肌、薄く開かれた目はキツイ赤色をしている。ちゃんとシャツのボタンを上まで留めている紅夜と違って、京義の着崩された制服はその外見とマッチしている。ぼんやりとその横顔を見ていると、視線に気付いた京義がふと視線を紅夜のほうに向けた。紅夜はいきなり目が合って、あたふたしていた。人の横顔を盗み見しているところを見つかったのだ。そりゃ慌てもする。
「・・・なに」
「え、あの・・・」
「・・・」
「け、・・・京義はえらい別嬪さんやなぁ!」
京義は眉一つ動かさなかった。紅夜は褒めてからしまった、と思った。この台詞ではまるで、中年のオヤジが美少年を口説いているようだ。紅夜が何とかフォローしようと思ったその時、京義はいきなりベンチから立ち上がった。紅夜も思わず咄嗟に立ち上がる。見れば、バスが向こうからやって来ていた。
「お前今更何言ってんの」
「・・・え?」
「当然だろ」
「・・・!」
二人の目の前に止まったバスに京義はいつものように乗り込んだ。太陽が高くて、何だか余りにも高くて、紅夜はぼんやりとしながらそれを見ていた。
一週間も行けば、学校にも慣れた。京義と一緒に歩いていると、何だか意味深な視線を投げかけられることが多いが、慣れれば別に気にならなくなった。最も初めから、京義はそんなものを気にしていないようである。クラスの違う京義とは昇降口で別れる。いつも声を掛けるが、京義が果たしてそれを聞いているのかどうか。いつも返事は無い。
「はよー、紅夜」
「お、はよ」
クラスメイトの宮間嵐 に声を掛けられて、紅夜は京義の後姿から目を離す。紅夜はいつも考えている。どうにかして京義と仲良くなりたい、そう思っている。でも、多分京義は、そんなことは微塵も思っていないだろうし、隣を歩く自分のことになんか興味も無いだろう。
(・・・やったら何に興味あるんやろ・・・やっぱ寝ること?)
どうも京義のことはさっぱり分からない。
「お前さ、今日も薄野と一緒に学校来てたよな・・・」
「あぁ、そやで。京義とは住んでるところ一緒やしな」
「・・・ふーん・・・なに、親戚とかそういうのなの?」
「いや、ちゃうねん。親戚の知り合い?ようわからへんけど」
そういえば、京義はなぜあのホテルに一人で住んでいるのだろう。京義にだって家族はいるだろうに。16の一人暮らしを家族の誰も反対しなかったのか。それに一人暮らしならあんな不便なところじゃなくて、もっと交通の便の良いところにアパートを借りても良さそうなはずなのに。
「何か事情があるならアレなんだけどさ。薄野とあんまり関わらないほうがいいと思うぜ」
「・・・」
「噂、お前だって聞いてるんだろ」
「・・・うーん」
でも所詮噂。紅夜は苦笑いで視線を反らした。京義の学校での評判は酷いものだった。所詮噂、紅夜はいつだってそう思っていたが、日に日にそれはエスカレートして紅夜の耳に届く。これだけ派手にされていると、京義は皆知っているのだろう。いや、案外知らないのかもしれない。学校での様相を紅夜は知らないが、いつもの様子から想像するに、知らないぐらいの図太さを京義は持っている。
「でも、京義は悪い人やとは思わへんねんけどなぁ・・・」
「良い人はあんな髪の色してねぇよ」
「うーん・・・」
根元までしっかり金色に染まった嵐の髪の毛を見ながら、紅夜はまた苦笑いを浮かべた。
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