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もしかしてそう Ⅲ
「・・・けいぎねぇ・・・」
夕食後、紅夜は洗い物をする一禾を手伝っていた。食事全般はどうも一禾の担当のようで、京義と紅夜には毎日弁当まで持たせてくれる。その一禾もやはり抜かりない、洗い物は殆ど食器洗い洗浄機の活躍あってだが、少しでも洗剤を触ることになれば、すかさずゴム手袋を装着している。
「一禾さんももしかしたら知らんの?」
「・・・実はね」
「・・・そうなんや・・・」
「京義は・・・15くらいの時から此処に居るんじゃないかな」
「え、そんな早うから?」
「うん。ある日突然ナツが連れてきたんだよねぇ・・・」
「・・・せやけど、ナツさん知らんって言ってたで?」
「うん、多分。何か拾ってきた、とか言ってたしな・・・」
「拾ってきた?」
「まぁ、ナツの言ってることなんて、半分以上が嘘だからそれも信用ならないけど」
「・・・ふーん・・・」
一禾は何でも無いような風にそう言った。それを否定すべき夏衣はここにはいない。それにしても「拾ってきた」とはどうも可笑しい。でもあの夏衣のことだ、加えて京義のあの容貌から考えると、それくらい平気でしそうである。全く恐ろしい想像だったが、紅夜は何の疑問も持たずに、納得していた。
「京義がいつも眠そうなのはね、年齢誤魔化してお酒出すような店で働いてるからなんだよ」
「・・・へ」
「夜のお仕事」
「・・・へぇ!!?」
代わりに、と一禾が声色を変えて教えてくれたのはそれだった。そういえば、今日帰ってきたときに、夏衣はバイトだから仮眠が必要だ、とかなんとか言っていたような気がする。過剰に驚いた紅夜を見て、一禾は笑い出した。もうすっかり洗い物は食器洗浄機の中に納められている。
「・・・!!?」
「・・・そんなに驚かなくても・・・」
「も、もしかして一禾さんも・・・!」
「はは、いや、別に怪しいお店じゃなくて」
「・・・へ・・・」
「ただのバーだよ。まぁ一応お酒つくる仕事だからね」
「・・・な、なんや・・・」
一禾が何かありげな言い方をしたのが悪い。しかし、一禾に聞いても京義の人物像は出てこない。眠そうな理由がやましいことでは無いことだけは分かったが。一禾が食器洗浄機の扉を閉めて、今日の紅夜の仕事も終わった。
「でもね、紅夜くん」
「なに?」
「京義が喋らないってことは多分、何か喋りたくないようなことがあるのかもしれないね」
「・・・喋りたくないような、こと?」
「そう。誰にでもあるでしょ、ひとつやふたつ」
「・・・そうやろうけど」
「俺にもあるし、紅夜くんにもある。京義にあったって、別に不自然じゃない、ね」
「・・・」
それは、余計な詮索をするな、という事だろうか。一禾のただただ美しい顔が、微笑を浮かべるのを紅夜は複雑な気持ちで見ていた。それを見ながら、今朝の京義のことを思い出した。
『当然だろ』
と、京義が何の恥ずかしげも無く言い放ったこと。紅夜にとっては、それは前後の関係を飛び越えて、不思議でしかなかった。何が当然なのか、何が今更だったのか。京義にとって何が当然で、何が今更だったのか。紅夜は分からないまま、説明も充分に無く。
(そりゃ、あんな綺麗やったら、言われ慣れてるんやろうけど、さ・・・でも当然やなんて度が過ぎてるわ・・・もしかしたら・・・一禾さんも皆も当然や思てるんやろか・・・)
だとすれば、それは恐ろしいことだ。やっぱりこのホテルはどこか可笑しい。あんなに歓迎ムードだったのに悪いが、自分はここにいて良いのだろうか、紅夜は青ざめ、鳥肌のたった腕を撫でた。
「いちかー、風呂上がったぞ」
「あ、じゃぁ俺入ろうかな」
「おー・・・」
今まで風呂に入っていた染が、頭を拭きながら出てきた。「プラチナ」の風呂は自分たちの部屋にもちゃんと付いているが、皆は一階にある大きな風呂を使っている。入る時間がまちまちの京義なんかは自分の部屋の風呂を使っているらしいが、掃除が楽だからという理由で、紅夜もそれに習っていた。
「どーした、紅夜。何か元気ないな?」
「・・・染さんは京義のことなんか知ってる?」
「京義?」
染はタオルで頭を拭いていた手を止めて、首を傾げた。今日はバイトだからと夏衣が言っていたので、京義は朝方まできっと帰らないのだろう。夕食の時には珍しく起きていて、食べるなり出て行ってしまった。
「いや、全く知らん」
「・・・やっぱり・・・」
「アイツは謎に包まれてるからなー。あんまり喋んないし」
「・・・そうやね・・・」
「一年ぐらい前かな、ナツがいきなり連れてきて、今日から「プラチナ」の仲間でーすとか言って」
「・・・やっぱり拾ってこられたんや・・・!」
「あいつならやりかねねーけどな」
「でも一年も経つけど、京義の親とか親類とかが訪ねてきたことは一度もねぇし・・・ま、多分そういう人とはちゃんと話つけてるんだと思うけど」
「・・・ふーん・・・」
やっぱり夏衣はあんな感じだが、大人でちゃんとした社会人なのだから、自分の心配するようなことにはなってなかったのかもしれない。だとしたら自分も京義も境遇は余り変わらないということだろう。
『仲良くしてあげてね』
夏衣の声がリフレインしている。
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