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ナイフとフォーク Ⅴ

一体自分はどのように写っているのだろう。一禾は隣の玲子をちらりと見た。この完璧なお嬢様は、どう思っているのだろう。玲子は行きつけのお店で、店員の説明を熱心に聞いている。何が楽しいのか知らない。ショーウインドウに並べられているものは、一禾にとっては手に届かない、その障害があるからこそ、いつだって素晴らしいものだ。彼女は3つほどのネックレスを見比べて、どれにしようか迷っている。 「ねぇ一禾、どれが良いと思う?」 「これがいいな、これが似合うよ」 「そう?ほんと?これにしようかしら」 店員は恋人だと思っているのかもしれない、だがそれはほぼ正解で、だからこそ不正解だ。玲子の隣を歩く時にはいつもそれなりの格好をさせられた。玲子はそれぐらい何でも無いようにこなした。Tシャツでも買ってくる感覚で、何十万もするスーツを買ってくる。このネックレスだって、玲子は自分のお金で買う。自分はにこにこ笑って、それに付き合うだけで良い。 「じゃぁこれ頂くわ」 「有難う御座います」 パールピンクの指先で、カードをさっと出すとそれを店員に渡す。また買っちゃった、そうやって笑う彼女は可愛いと思う。こちらに引け目を感じさせる、更にその上を悠々と歩いている。そんな感じだ。玲子は小さい袋を店員に貰うと、玲子は一禾の手を引いて外に出た。 「次はどこにする?一禾の行きたいところでいいわよ」 「・・・そうだねぇ」 「何か欲しいものないの?時計でも見に行こうか」 「いいよ、旦那様に怒られるよ」 「結婚はまだ!・・・もう、そういう言い方しないでよ」 「ごめんね」 彼女たちはどうして、こんなに自分に優しくしてくれるのだろう。時々一禾はそう思った。彼女たちが自分に優しくして、そこに生じるメリットは何だろう。面倒なことにならない限り、一禾は彼女たちの側を離れるつもりは無いのに。繋がれた手を無言で見つめて、そんなことを言いながらでも、手を離されるのは嫌なのだろうか。 「どこでも良いよ」 「またそういう・・・優柔不断は女の子にモテないわよ」 「玲子さんが行きたいところに連れて行ってくれれば良い」 「・・・全く、困ったわね」 「俺は玲子さんと一緒にいたい」 「・・・―――」 優しいから愛している。 染は休日にはいつもホテルに居る。基本的に染は人が嫌いだし、街に出かけることは稀なことだ。紅夜はまだ引っ越してきて日が浅いので、ここの土地のことはまだ良く分かっていない。京義が出かけるのは、殆どバイトの時でそれ以外はホテルで眠っていることが多い。その為、何か買い物に行くのはいつも夏衣だった。 「・・・あれ、一禾だ」 その日も夜食べるものが無くては困るので、カップ麺を買いに来ていたのだが、折角なので少し遠く来ていた夏衣は、偶然一禾が玲子と歩いているのを見かけた。車道を挟んで、向こうとこちらは少し距離がある。夏衣はセレクトショップに入ろうと思っていた足をくるりとそちらに向けた。 (・・・また違う子。ホント好きだな、女ばっかり) 夏衣は別に邪魔をするつもりなど毛頭無かった。そういう趣味は無い。だけど、面白いから少し一禾が遊んでいるところを見ておこうと思っていた。そんな機会は滅多にない。カップ麺を買うという予定も、新しい服でも買おうかと思っていたことも、何もかも忘れてただ単純に楽しんでいた。 (よくやるねぇ、何人も何人も。流石貢がれながら生活してるだけあるね) 一禾に言わせて見せれば、欲しいと言っただけで買ってくれとは頼んでない、らしい。そんなこんなで、一禾の高級の匂いのする持ち物は全て誰かのお金だ。一禾は可哀想なくらいに、そういう金持ちに憧れていた。夏衣から見れば金持ちなんて、一体どこが良いか知れないが。 「・・・全く」 一禾の手を握っていた彼女が、不意に一禾の側から離れた。夏衣は車が来ないことを確認してから、車道を横切って一禾に近づいた。一禾は夏衣が声を掛ける前に何か気配でも感じ取ったのか、振り返った。 「・・・ナツ」 「おはよう、一禾」 「・・・」 「相変わらずだね、お陰でこっちはレトルトで飢えを凌ぐ毎日だよ」 夏衣はそう言って、片目を瞑って見せた。一禾のことは分かっている。分かっているつもりだ。高い洋服が本当に良く似合う一禾は、それらしい偽者だった。白いと言うより、今は青白い一禾の頬に触れる。何だか酷く冷たいように感じるのは、自分の感覚のせいだろうか。一禾はそんな夏衣を見て少し笑った。 「元気そうだね」 「・・・何の心配?」 「別にぃ」 茶化して笑う。彼女が帰ってくる前に、行ってしまわないと。夏衣は彼女が入った何のお店か良く分からないところを一度確認した後、一禾に目を戻した。 「紅夜くんが心配してたよ」 「・・・そっか」 「うん、でもまぁ。ゆっくりして来たら?」 「・・・」 一禾の肩をぽんぽんと叩いて、夏衣は逆方向に歩き出した。途中振り返って一禾がもう此方を見ていないことを確認した後、夏衣は右手を上げて一禾に向かって手を振った。柵にもたれて彼女を待っている一禾には見えない。見えないことは知っていた。それでも良かった。 「・・・ーーー」 そんなことは大して、問題ではなかったから。

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