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享楽だけが人生か Ⅱ

「夏衣が?」 「うん、そうやでー」 「・・・いつ」 「いつって・・・今日の朝やん!朝!」 「・・・あさ?俺起きてた?」 「起きてた!何ゆうてんねん」 京義は全く記憶が無い、と言い出す始末。紅夜は頭を抱えた。話を聞いていない風だったが、まさか本当に話を聞いていなかったとは思わなかった。昼休みの屋上に京義はいつもひとりでいる。そこで一緒にご飯を食べるのもほぼ習慣化してきている。 「ふーん」 「夏衣さんってお前のとこのオーナーだろ?」 「うん、せやで」 「オーナーがどっか行って良いわけ?」 「せやなー・・・でも染さんも一禾さんもおるし・・・平気なんやない?」 「・・・夏衣の実家って」 「?」 「お前なんか知ってんの?」 京義の膝の上に広げられた一禾のお弁当は、今日も美味しそうだった。今日は染と一禾がホテルに居るからいいが、明日は二人とも大学に行くだろう。確かにそこまでは考えてなかった。嵐の疑問は尤もだったが、不意に京義が口を開いて、紅夜はぱっと視線を戻した。 「・・・それがなー・・・ようは知らんねんけど」 「・・・」 「白鳥、ちゅうたらその筋では多分知らん人はおらんくらいに有名やで。俺も一回だけお屋敷の中に入ったことがあんねんけどな、そりゃぁもうごっつう広くて綺麗やったわ」 「へー・・・夏衣さんって金持ちなんだ」 「うん。超お金持ちやと思う」 「・・・だからあいつあの歳にもなって好きなことしてるわけか」 「へ。働いてねぇの?」 「なんやフリーターゆうてたな」 「自分好みの男子の収集なんて、褒められたもんじゃねぇな」 「・・・!?」 紅夜は頷いていたが、嵐の目は点である。 「へ・・・?」 「それにしても今でも謎やわ、何で俺まで呼ばれたんやろ」 「・・・お前が良かったんだろ」 「そんなー・・・そうなんかな。でも俺、染さんや一禾さんに比べたらえらい地味やで」 「染に比べたら誰でも人間以下だろ」 「あはは、まぁそうやな。でも京義はホンマ綺麗やで」 「・・・お、お前ら・・・」 「え、どないしたん、嵐」 「・・・酷い目に遭ってるとか・・・」 「あはは、まさかー」 「ホントかよ!その変態にしてやられてんじゃねぇだろうな!」 「ナツさんはちょっと変やけどええ人やで。変態やなんて失礼やろ」 「・・・遭ってるかもよ」 「!」 「!!」 「・・・なにマジで驚いてんの」 固まった嵐と紅夜を見ながら、京義は淡々とそう言った。京義の口調も表情も何一つ変わらないので、それが冗談とは如何しても見抜けない。 「それより、白鳥の家のこと他に何かしらねぇのかよ」 「・・・さぁなー・・・」 「お前親戚なんだろ?」 「親戚ゆうても他人みたいなもんやし・・・俺の家は分家の分家で端っこのほうやけど、夏衣さんは大本の白鳥さんの家の人か、そこからあんまり遠くは離れてへん血筋のはずやで」 「・・・マジですげぇの?その人」 「うん、多分。俺の預けられてたところの人も白鳥さんやーゆうたら、えらい大袈裟に怯えきってたからなー・・・」 「怯えた?」 「・・・いや、まぁ、何や本家のひとにやましい事でもあったんとちゃうん?」 紅夜は目の前で手を振って、はははと声を上げて笑った。屋上には紅夜と京義と嵐の三人しか居ない。京義がずっとここに居座っていたせいで、他の生徒が寄り付かなくなってしまっているのだ。それを良いことに三人は貸し切り状態を楽しんでいた。 「今時分そんなもん残ってんだな」 「京都の旧家らしいからなー・・・」 「・・・」 「でも凄いんやで。ずらっと女中さんが並んで、お帰りなさいませ、それこそご主人様状態やもん」 「お前にじゃないだろ」 「・・・それであんなのになったんじゃないか、あいつ」 「・・・そうかもしれへんな」 「相当変なんだな・・・」 「甘やかされてるからネジ飛んだんだろ」 「あはは。京義キッツイわ」 「・・・ホントお前らそんな人間と一緒に良く住んでられるな・・・」 「だからー、ナツさんはちょっと変やけど良い人なんやって」 「ちょっとって・・・相当の間違いなんだろ・・・?」 「まぁまぁ」 今頃、夏衣はもう実家に着いているのだろうか。

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