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戦うことが望みなら Ⅴ
白い光を酷く焚く、それが目に入ってちかちかと光って、何だか痛いほどだなと染は思った。建物の中は、中まで灰色でその色だけには落ち着かされる。それでも目の前はくらくらして、頭の中は無数の単語が飛び交っている。染はそれのどれが一体正しいものなのかさっぱり分からないのだ。
「いやー・・・上月くんもこんなの隠し持っていたなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに・・・」
「アンタなんなの、モデルとかやってた?」
「・・・い、いえ・・・滅相も・・・」
「顔ちっちゃーい、足ながーい」
「どっか違う国の血でも入ってそうだねー」
「あ、俺衣装見てきますー」
「はーい」
「黒川サン?ま、そう緊張しないで」
はは、と笑われて染の肩を大柄の男が叩いた。一体この人たちと一禾がどういう知り合いなのか、染は気にならなかったわけではないけれど、今はそれどころではなかった。スタッフらしき人たちに囲まれ、一頻り何だかんだと品評された後、染は問答無用でここまで連れてきてくれた青年に案内されて、鏡の前に座らせられる。鏡に映った自分の顔は引き攣って、随分青ざめている。
「じゃあ軽くメイクするんで」
「・・・メイク・・・」
「最近は男の人でもするんだよ。まぁそんなにカッチリやるわけじゃないから安心して」
「・・・」
「随分緊張しているみたいだけど。リラックスして、取って食いやしないよ」
「・・・あぁ・・・はい・・・」
「あ、俺滝沢って言うんで、まぁ一つよろしくお願いします」
「は、・・・はい」
滝沢と名乗る童顔の男は、染の肩をぽんぽん叩いて、へらへらと笑った。楽しいことだけ考えよう、そうすればすぐに終わる。これは染が頻繁に使っている現実逃避の方法だった。青ざめた自分に少し笑って、染は今日の晩御飯のメニューを考えることにした。
「でもこれだけ男前だとモテるでしょ」
「い、いや・・・まぁ、普通・・・です」
「えーそうなの?俺が女の子だったら放っとかないなぁ」
「・・・は、はは」
でもカレーも良いかもしれない。鏡の中、愛想笑いを浮かべる自分の顔なんて見たくないのに。青白かった顔が血色を取り戻してくる。染は自分の顔が好きではなかったし、その好きではない顔が写っている写真も好きにはなれなかった。だから、こういう仕事だと聞いたとき、本当は人間だの何だの、そういうのを抜きにしてもやっぱり嫌だと思ってしまった。一禾は多分、分かって用意しているのだ。一禾はそういう男だ。
「よし、出来た。ヘアメイクは着替えてからね。佐藤さん準備出来ましたー」
「・・・」
「おー、じゃあこっち来てくれる?御免ねぇ、黒川くん」
「あ、・・・いえ」
キヨに言われた時、どきりとしたその正体をまさか一禾に確かめられないと思った。鏡の中の自分は随分健康そうに見える。確かめるのは怖い。はっきりと言葉にされるのは怖い。そうやって何もかも聞かないつもり、それだって良いじゃないか別に、それが身を守る方法なのだから。染はいつだって開き直る術を身につけている。
その頃プラチナでは高校に行っていた二人も帰ってきて、いつもの賑やかさを取り戻しつつあった。とは言っても京義はいつもの通りソファに寝転がって、多分半分以上は眠っている。紅夜は一禾の危惧したとおり、夏衣の食べていた高カロリーそうなビスケットを一緒になって食べていた。
「へー・・・染さんせやったら今頃バイトかぁ・・・」
「そうだ、一禾」
「なに?」
「染ちゃんに何やらせたの、まさか接客業じゃないよね」
「まさか、無理無理」
「工場でペットボトルのおまけ付け・・・とか?」
「それは駄目、人と話さないでしょ」
「あぁ、そうかぁ」
「何なのさ、結局」
「雑誌のモデル」
「・・・」
「・・・え?」
「笑っていたら良いんだから染ちゃんにも出来るでしょ、尚且つ人と喋らなきゃ駄目だしね」
「・・・ま、まぁ確かに染さんモデルっぽいもんなぁ・・・」
「簡単に言うけど難しいと思うよ、染ちゃんでホントに大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。そんなに大手のところじゃないし、結構素人でも載ってることあるじゃん」
「心配だなー・・・一禾にしてはアバウトだし」
「本当は俺に頼むつもりだったらしいんだけど、俺そんなことしてちまちま金稼ぐの嫌だし」
「・・・そういや、一禾さんって・・・」
京義でさえバイトしているのに、と一禾は言ったが、一禾自身はバイトをしていない。あの時そういう風にして反撃すれば良かったのに、と紅夜は人事ながら思った。確かに一禾はどうも働いているようには見えない。しかし、その腕に光るものから持っている高級車の数々から、何となくその背景は窺い知れる。
「でも大丈夫なの?染ちゃん写真あんまり好きじゃないじゃん」
「え、そうなん?」
「うん。風景の写真は好きみたいだけど、自分の写真は嫌いみたいだったよ」
「好き嫌いなんて言っていられないの!大体染ちゃん嫌いなこと多過ぎるし!」
「苦手なことのひとつやふたつはあるものだよ、一禾」
「それはせやな」
「克服してこそ人間的に成長するんでしょ。甘やかしたら駄目!」
「何さ、今まで自分が散々甘やかしといてねー・・・」
「ナツ、煩い」
「俺だったら可愛い染ちゃんのしたいようにさせてあげるけどなー」
「それもそれであかんと思うで、ナツさん」
プラチナはすっかりいつもの調子である。ソファに転がっていた京義は、薄く目を開けて欠伸をした。染染、と皆して煩い。静かにして欲しいのに。けれども全身が気だるくて、とても二階の自分のベッドまで歩ける気がしない。そこまで行けば安眠が待っているかもしれないけれど、京義は思ってもう一度目を閉じた。そこに在るのが喧騒でも静寂でもいい、瞼は重くて体の細胞はその全てで睡眠を求めている。
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