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不幸になるよ Ⅲ

「じゃあ、相原今日の放課後ちょっと付き合ってよね」 「あぁ、うん・・・多分京義も残るから、大丈夫やと思うわ」 「あのさー・・・前から思ってたんだけど」 「なに?」 「あんまり薄野と関わらないほうが良いんじゃない?まぁ、嵐もだけどさ」 「うるせー!お前のほうが公害だ!」 「誰も公害何て言ってないし!」 「・・・」 紅夜は苦笑いするだけだ。如何して誰も本質を知らないで、勝手なことばかり言うのだろうなんて、もう思うのは止めにしたほうがいいのかもしれない。そんなことを一人で考えていたって、何も変わることはないのだから、黙って笑っていることがやっぱり、良いのかも何て。 「大体、薄野は怖いけど悪いやつじゃねぇし」 「・・・」 「なにさ、嵐はあいつの肩持つんだ。ふーん」 「お前が良く知りもしねぇ癖にいい加減なこと言うからだろ!」 「知らないけど皆そう言ってるし!火のないところに煙は立たないもんなんだよ!」 「うるせェ!そんな頭良さそうなことで騙されるか!」 「馬鹿は帰って勉強しろ!」 「・・・チャイム鳴るで・・・」 紅夜は嵐のシャツを引っ張って、まだ不服そうな顔をしている有紀に手を振った。嵐はそんな紅夜の隣で、まだ何か毒づいていた。周りの生徒も自分の教室に帰っていき、騒がしくなる廊下。人が行きかうそこを小走りに、別塔の生物実験室に向かう。 「なぁ、嵐」 「あ?」 「有難うな」 「・・・だから何なんだよ!」 「俺のためやないって、分かってるけど、ちょっと嬉しかった」 「・・・薄野のことか?」 「うん」 「アレは瀬戸が悪いんだよ、お前だってそう思うだろ」 「・・・」 「それに、アイツは悪いやつじゃねぇんだし・・・怖いけど」 「・・・そうやな」 あぁ、そうだ。紅夜だって思っている、分かっている。怖いけど、と小声で続けた嵐を笑って、本当は分かっている。何も変わることが無くたって、例えば本人が気になんてしていなくたって、思うことは勝手に出来る。人が口を開いてそれを言うたびに思っていることは、自由に出来る。あぁ、そうだった。簡単なことだった。 放課後、紅夜は隣のBクラスが終わるのを待っていた。Aクラスのほうが先に終わって、嵐は先刻帰っていった。待っていようか、俺も一緒に行こうか、と言われたけれどそれは断ることにした。二人を一緒にすると、出来る話も出来ないで結局終わることになりかねない。紅夜はひとり、と言ってもクラスの中には何人か残っていたが、数学の参考書とノートを広げて次の授業の予習をしていた。 「相原!」 「・・・あぁ、有紀ちゃん終わったんや」 「御免な、待った?」 「ええよ、やることなんて一杯あるんやし」 彼がそうやって来たのは、10分ほど経ってからで、紅夜は素早く参考書とノート、筆記具を学校指定の紺色の鞄の中に入れた。まだ勉強している生徒もいるので、特別ふたりは何も言うことはなく、教室を出る。京義は今頃、5階の第4音楽室でピアノを弾いているのだろう。 「それで、用事ってなんやの」 「・・・まぁ、その事なんだけどさ」 「?」 「・・・あぁ、まぁ、ちょっと言い難いんだけど」 「なに?」 「あの、相原さ・・・か、」 「・・・か?」 「・・・彼女とか居るの?」 「いや、いいひんけど・・・どうしたん?」 「あ、別にね!まぁちょっと・・・アレ」 「どれやねん」 「あのね、それでさ。相原に・・・ちょっとまぁ、頼みが・・・」 「なに?」 「ちょっと、一緒に来てくれる?」 そう言って有紀は少し笑った。今日の有紀は少し可笑しかった。慌てたり考え込んだり、少し寂しい顔をしたり笑ったり、一体何だろう。この手の話ならやはり嵐を残さないで良かった、紅夜はひとりで思って、それには快く返事をした。ちょっと気が重かったけれど。 有紀の後に続いて、紅夜は北塔まで来ていた。有紀は殆ど何も喋らないで、紅夜も余り喋らなかった。北塔の今は空き教室になっている一室の前で、有紀は足を止めた。サッカー部が練習している声が遠くでしている。吹奏楽部の音も聞こえている。 「・・・あのさ、相原」 「なに?」 「・・・御免、何か色々付き合わせちゃって」 「ええよ。どうしたん?」 「・・・」 紅夜は出来るだけ明るい声でそれに答えた。有紀は黙って、空き教室の中を指差した。窓は曇って、中は見えない。有紀はちょっと笑っている。 「御免な、相原」 「ええよ。有紀ちゃんのせいやないし」 「今度、何か奢るよ」 「ありがと、ダッツがええわ」 ぽんぽんと紅夜の肩を叩いて、有紀は元来た道を戻り始めた。紅夜はそれを暫く見ていて、有紀が階段を下りてしまってその姿が見えなくなってしまったのを確かめてから、一度溜め息を吐いた。そうして、空き教室の曇った窓ガラスの付いている扉に手を掛けた。

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