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腐った果実の側

「全く、一禾のガードは何故あんなに固いんだろうねぇ・・・」 「・・・」 「そう思わない!?京義!」 「知るか」 「くっそー・・・でも染ちゃんちょっといけそうだったんだけどなー・・・」 「・・・」 「でもアレだね」 「・・・」 「染ちゃんのああいう顔見てると、何だかそういうの云々無しに守ってあげたくなっちゃうよね」 「・・・お前は下心あるだろ」 「あは、やっぱり?まぁ無いって言ったら嘘だけどさー・・・」 「・・・」 「ちょっと突くと脆くて崩れそうなところが、堪んないね」 「・・・変態・・・」 京義は林檎を向いていた手を止めて、テーブルに座って、あることないこと考えて、ほくそ笑む夏衣に視線をやった。全くこんなことを常時考えているのだから頂けない。京義はひとつ溜め息を吐いて、手の中で林檎を回した。物を回しながら、包丁を上下に動かすのだと教えてくれたのは一禾だった。 「・・・お前は」 「え?」 「俺たちを囲って、どうする気だ」 「・・・嫌だなぁ、そんな言い方」 「どう言えば満足だ、俺たちが望んでここに居るとでも?」 「染ちゃんと一禾はそうだよ。京義と紅夜くんは違うけどね」 「・・・」 「大体、京義だって、幾らでもここから出て行く術を知っているにそうしようとはしないじゃない」 「・・・」 「結構俺のこと好きなんでしょ」 夏衣の言葉には少し棘がある。怒っているのか、脅しているのか、京義には分からない。だからそれには黙っていた。夏衣の意志が介入されている、京義は紅夜にそう言ったが、それが一体どんなものなのか知らなかった。夏衣は何を考えているのか、その目の奥を覗かれないように遮断した、ガラスが邪魔で見えない。京義はひとつ舌打ちをした。知らないほうがいい、余計なことだった。 「俺は舌打ちに呪われているのかなー・・・」 「・・・」 「うん、本当のことを教えてあげる。内緒だよ、京義」 「・・・」 「本当はハーレムを作ろうとしたんだ」 「・・・は?」 「美少年ばっかり集めてさ・・・今日は君、明日は君、みたいな?」 「・・・社会のゴミ・・・」 「でも集めるところで失敗しちゃったー・・・一禾の本性見抜けなかったのは間違いだったなー・・・それさえなけりゃ今頃・・・」 赤い皮がシンクに落ちて、切れたのだと分かった。一禾は林檎くらいなら、一度も皮を切らずに剥く。京義は手先が不器用なほうではないが、一禾のようにいかないのも事実だった。切れたところからやり直しをしていると、すうっと後ろから頬を撫でられた。こんな風に気持ちの悪いやり方で、京義の頬を撫でるのはひとりだ。 「・・・なんだ」 「でも京義は手に入ったから、俺的には満足?みたいな」 「・・・刺すぞ」 「やん、ひどーいー」 「・・・酷いのはどっちだ」 「ねぇ、京義さー・・・」 「リビングで盛ってんじゃねぇ」 「じゃあ夜・・・」 「今日はバイト」 「えぇー・・・やだー休んでよー」 「俺は染や一禾の代わりか」 「・・・」 「いいご身分だな、お前は」 本当は6等分にするつもりだった林檎の白に、京義はそのまま噛み付いた。夏場の林檎は柔らかく、あんまり美味しいものではなかった。これは誰が買ってきたのだろう。一禾にしては妙な選択だった。しかし、そのまま置いておくわけにもいかずに、京義はそれにもう一度歯型をつけた。 「・・・御免ね、京義」 「・・・」 「そういうんじゃないんだ。俺は皆が大好きだよ」 「・・・」 「皆と一緒に居ると楽しいし、嫌なことも忘れる」 「・・・」 「ホンの冗談だよ、嘘だよ。御免」 「・・・俺はお前のことなんて大嫌いだ」 「あぁ・・・そう。でも俺は好きだよ、京義のこと」 「・・・ーーー」 京義は包丁をまな板の上に置いた。気付いて一禾が洗うだろう。夏衣の話なんて聞きたくなかった。聞いても無駄だったから、京義は食べかけの不味い林檎を夏衣に押し付けると、手を拭いてキッチンを出て行った。これから少し眠って、バイトに行かなければならない。眠れるかどうか分からなかった。煩い声は耳障りだ。 「あ、ちょっと待って!」 「・・・なんだよ」 「あのね、俺明日からまたちょっと実家に帰るんだ」 「・・・だから?」 「一禾に言っておいて、留守の間、頼むねって」 「・・・」 「全く困るよねぇ、また揉めているらしくってさ!俺ばっかり長男だからって呼ぶの、勘弁して欲しいよねー」 「・・・」 「ま、一禾も帰ってきたことだし、俺が居なくても大丈夫だよねー」 京義は乱暴に扉を閉めて、最後まで話は聞かなかった。全く虫唾の走る話、そんなことばかり並べて、ここに留めて置こうとするその魂胆の先まで見えている。何がスキだ、そんなことを言うのは契約違反のはずだろう。京義は苛々したまま階段を上った。これでは眠れない。きっと眠りは自分を迎えてはくれない。 「・・・あ、京義」 「・・・」 「ど、どうしたん・・・?何か、怒って・・・?」 「・・・別に」 「あ・・・あぁ、そう・・・なん?」 あぁ、苛々する。

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