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僕とエミリー Ⅰ
その日、朝からプラチナは忙しかった。夏衣は諸々の買い物で出かけていて、一禾と染は1階のロビーと談話室を掃除していた。紅夜は洗濯の当番で裏に居り、京義だけが昨日バイトだったせいでまだ眠っていたが、他の皆は今までに無いくらい忙しかった。
そんな日だった。プラチナに滅多に来ない客が来たのは。
プラチナは、元々はホテルだったらしい。しかし夏衣がここにやって来た時、ちゃんと住めるように色々工夫を凝らしていた。玄関横に付けられたインターフォンもそれのひとつだった。しかし、それが鳴るのは客が来ることで、プラチナにとってはどちらも滅多に無いことだった。その日、プラチナに滅多に鳴らないその音が響いて、客の来訪を告げた。ロビーにいた染は少し頭をそちらに向けてみたが、勿論出ない。裏にいた紅夜にも聞こえていたが、他の誰かが出るだろうと思い、洗濯物の続きを干した。結果的に談話室にいた一禾がエプロンを外して、エントランスに出て行く羽目になるのだった。本来なら夏衣に押し付けるところだが、残念ながら夏衣は外出中である。
「はいはい、どなたです・・・――――」
「こんにちわぁ」
「・・・!?」
思わず一禾は、言葉を飲み込んだ。そこに立っていたのは一人の女の子だった。眩い金の髪をくるくると巻いて、ピンク色のこれまた眩しいひらひらした総レースの見たことも無いような服、高い靴までピンク色で、肩に置いている日傘まできちんとピンク色である。女は舌足らずな声でそう言うと、首を傾げてにこりと微笑んだ。
「あら、どうしたの?」
「・・・ど、どちらさま・・・で・・・?」
「あ、私としたことがいけない」
「・・・は、はぁ・・・」
「私、遊楽院桃 というものよ」
知らない人種。一禾は青ざめた顔で考えた。女性という女性とは付き合ってきたと思っていた自分だが、これは知らない人種だ。関わりたくないと思ったが、そうはいかないのも事実。しかし、この変な生き物と知り合いが、プラチナにいるとも思えない。
「す、すいません、うちの一体誰に御用でしょうか・・・」
「夏衣さん」
「・・・あ、ナツ・・・」
「いらっしゃるの?夏衣さん」
「い、今は居ないんですけど・・・もう少ししたら帰ってくると思います・・・」
「じゃあ待たせてもらうわ、宜しいわよね?」
「・・・あぁ、・・・はい・・・」
あぁ、そうか。夏衣だ。一禾は舌打ちしたい気分だった。しかもこんな時に、あの男は留守ときている。全く性質が悪い。談話室の掃除はもう粗方終っているので、綺麗なはずだった。一禾がそんなことを考えている間に、桃は日傘を丁寧に畳むと、ピンク色のバックと共に一禾に突き出した。
「・・・え?」
「あら、レディにこんな重いもの持たせる気?」
「・・・ご、ごめん・・・」
「一回目は宜しいわ。でも次はありませんわよ」
「・・・」
「さ、参りましょう。一体どこで待てば良いのかしら。案内して頂戴」
「・・・は、はい・・・」
さっきまで持ってたじゃんとは、流石に言えなかった。ロビーに居たはずの染は、気配を察してか、掃除を途中で放り出し、姿を隠している。全く勘だけは良いのだ。一禾は談話室の扉を開けて、桃は大人しく部屋に入った。いつもの同じ部屋なのに、そのピンクは嫌に浮いて見えて、何だか酷く居心地が悪かった。
「・・・ふーん・・・ここに住んでらっしゃるの?」
「住んでるというか、ここは団欒の場所で」
「へー・・・随分狭いのね」
「・・・え?」
「まぁいいわ。お茶を出して頂戴」
「・・・はい」
彼女の初対面の人間に対して奔放過ぎやしないかと思われる言動に少々戸惑いながら、一禾は言われるままにキッチンに向かった。桃はソファに座って、部屋をきょろきょろと見回している。全くこの女と夏衣は一体どういう関わりがあるのだろう。どういう関わりにしろ、余り賞賛できる人間関係では無いことは確かだった。一禾はアールグレイの葉をポットに入れお湯を注いだ。それを彼女の前まで持っていき、カップに注いだ。ついでと思って自分のカップも持ってきて、同じように入れる。
「・・・貴方」
「あ、はい?」
「お名前は何と仰るの?」
「上月一禾といいます」
「貴方随分と綺麗な顔してるわね」
「・・・え?」
「まぁ夏衣さんほどではありませんけど」
「・・・な、何様!?」
とうとう舌打ちしても良いだろうと一禾は思ったが、すんでのところでその考えを打ち消した。この格好にこの性格でも客は客。客というものはもてなすものである。口惜しい思いを誤魔化すように下唇を噛んで、アールグレイを啜る。その時、談話室の扉が開いて、洗濯物を干し終わったらしい紅夜が戻ってきた。
「あっつー!一禾さんお茶ない?冷たいやつ!」
「あぁ、紅夜くん」
「ちょっと、随分騒がしいわね。静かにして頂戴」
「・・・へ?」
「あの、お客さんなんだ・・・」
「・・・えー・・・あ、そうなん・・・何や、すいません」
「分かればいいのよ」
「何?一禾さんのお客さん?」
「まさか!ナツだってさ」
「へー・・・えらい可愛いひとやなぁ」
「はぁ!?紅夜くんまさかああいうのがいいの・・・?」
「え?だってなんかフランス人形みたいやん」
「は、はぁ・・・!?」
「ちょっと、何をごちゃごちゃ言っているの」
一禾は紅夜の率直な感想にただ唖然とするだけだが、紅夜は冷たい麦茶を飲み干すと、自分からソファの側に駆け寄っていった。一禾は依然として理解出来ずにそれを見送るだけだった。もしかして、若い人の間ではあんなのが流行っているのか、いいや自分もまだまだ若いはずだ、とかなんとか。
「あ、すいません。俺、相原紅夜って言います!ナツさんにはいつもお世話になってます」
「・・・あら、中々出来た挨拶ね」
「ナツさんにこんな可愛いお知り合いの方が居たなんて知りませんでした、さっきはどうもすいません」
「・・・な、なんて良い子なの・・・!」
「マジかよ・・・」
「そこの赤毛!貴方も少しはこの子を見習ったらどうなのかしら?若いのに随分礼儀がなってるわ・・・」
「お、俺・・・!?」
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