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僕とエミリー Ⅳ

「・・・」 「・・・」 一禾は訝しげに目の前の人物に視線をやった。そこにはプラチナには大よそ似つかわしくない、ど派手なピンク色の服を着た金髪の女の子が座っている。食事がこれから始まろうというのに、夏衣の腕を掴んで、しきりに何か小声で話しては笑っている。可哀想なのは紅夜で、真っ赤になって落ち着かない。黙っている京義も、どこか所要無さそうにしている。そして三階に上がったままの染は、降りてくる様子は無い。 「・・・あのさー・・・ナツ」 「え、なに?」 「俺、染ちゃんにご飯持って行くね」 「え、どうして?」 「い、一禾さん!?」 「如何してって・・・」 「・・・いちかー・・・ごはんー・・・」 怯えた表情で紅夜が一禾の袖を掴んで、一禾は夏衣の何も分かっていなさそうな顔に、怪訝な表情を浮かべた。すると不意に談話室の扉が開いて、そこから染が顔を出した。一禾は勿論このことには紅夜も吃驚したが、当の本人である染はきょとんとしているだけだった。 「・・・なに?」 「そ、・・・染ちゃん・・・」 「・・・え、だれ?」 「あぁ、染ちゃん。このひとは・・・―――」 「こんにちはぁ、私、遊楽院桃というものですわ。お邪魔しております」 「・・・あ、ども・・・黒川染です」 「・・・え?」 「夏衣さん、随分な方と一緒に住んでるのね」 「あぁ、そうだよねー、染ちゃん可愛いよね」 「嫌ですわ、私というものがありながら、何ですの」 「あははー」 それをぼんやりと見つめている染を見て、誰よりも驚いたのは一禾だった。一禾は慌てて、染を談話室の外に押し出した。扉を閉め、ぼんやりしている染の目の前でひらひらと手を振ってみる。反応が全くないので、一禾は染の肩を掴んで前後に揺すった。 「染ちゃん!しっかり!」 「な、何だよ・・・」 「御免ね・・・一連のことで俺吃驚してて・・・」 「え?」 「御免、大丈夫?」 「・・・うん、大丈夫・・・」 染は酷くぼんやりとしたままそう呟いて、扉を振り返った。染は手のひらをひっくり返して、先刻桃が不用意に掴んだ腕を撫でた。染の様子が可笑しい。一禾は青ざめたまま、染に手を伸ばした。すると、今まで黙っていた染が不意に口を割った。 「いちか」 「・・・え?」 「・・・」 「な、なに?染ちゃん・・・具合悪い?」 「・・・悪くない・・・何で・・・?」 「え、どういうこと?」 「俺、平気だ。あんなに近づかれたのに・・・」 「・・・ホントに・・・?」 「も、もしかして・・・あ、あのひと・・・」 「え、なに?」 「俺の運命の人なんじゃ・・・」 「!?」 一禾は開いた口が塞がらない。しかし、染が真剣な顔でそう言っているのだから、頂けない。しかし、確かにあんなに近寄られたのに、鳥肌も立っていなければ涙も出てはいない。それには染が一番吃驚していたのだが、一禾はそれどころでは無い。 「ば、ばか!」 「ばか?何だよ、一禾!」 「だ、大体あの人ナツの恋人なんだからね、染ちゃんなんか無理無理、相手にされないって!」 「・・・へー・・・そうなんだー・・・」 「わ、分かった?分かったら諦めるんだよ!」 「・・・でもちょっと話すぐらい良いだろ?それに、もしかしたらナツだってこれから別れるかも・・・」 「な、何てこと言うんだよ、染ちゃん!それがオーナーに対しての言い方!?」 「・・・いつも一禾はもっと酷いこと言ってるだろー・・・」 「あぁ、もう。俺は悲しいよ!染ちゃん!」 「だって・・・今までこんな人居なかったし・・・ちょっとは俺も慣れるようになるかも・・・」 「無理だよ!」 「何でそんな決め付けた言い方するんだよ。大体、一禾は俺が慣れるようにずっと応援してくれてたじゃん」 「・・・そ、それはそうだけど・・・」 「変なのは、俺じゃなくて、一禾のほうだろ」 そう言うと染は扉を開けて、談話室の中に入っていった。変にもなる。何も知らないというのは時々、無邪気で純粋で、それでいて心を勝手に傷付ける。一禾はその場所にしゃがみこんで、ぐっと服を握って溜め息を吐いた。大人気無かった、確かに今のは。でも変にもなる。少しぐらい分かってくれたって良いのではないかと思っても、最後に見た染の呆れたような目が、頭の奥に張り付いて取れそうもない。 「・・・何だよ・・・」 あぁ、何も知らないから彼は、あんな風に正論を言える。

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