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ルビーフルーツ Ⅵ

すっかり京義の目の前のグラスは空になってしまっていた。はじめにそれを口に入れた時から全くスピードを落すことはなく、デラックスと名前の付いたパフェは綺麗に完食されている。キヨはそれを見ながら少々驚いていたが、京義がどこか物欲しそうな顔でちらちらと自分のイチゴパフェを見やっていたので、それを差し出したのが少し前のこと。一口食べただけでその先の味の予想が付いてしまっていたそれに、興味を失っていたキヨにとってみれば、京義がそれを食べてくれた方が自らの胃袋のためにも幾分か有意義に思えたし、目の前で赤いタワーを崩しながら咀嚼している京義を見ているほうが何倍も楽しかった。 「美味しい?」 「・・・美味しいです」 「良かった」 何度目かのやり取りの後、キヨは白いテーブルについていた肘をすっと降ろした。相変わらず外は寒いばかりで、その割に休日の東京には人が多い。店内は女性客ばかりで賑わっており、自意識過剰かもしれないけれど、変に痛々しい視線にも微妙に慣れてきた。キヨはひとつ溜め息を吐きながら、頭をがしがしとかいて目の前でパフェを食べている京義をちらりと見やった。東京の歪な不自然さに溶け込んでいる真っ白い髪に赤い目をした少年は、確かに少年であるはずなのに、どこか浮世離れした存在感を醸しだしてそこに存在している。重要なのは見た目や雰囲気ではなく、京義が確かにそこに存在しているということだ、夢や幻などではなく。こんなことを提言しようものなら一禾だけではなく染にまで、それこそ白い目で見られること請負なので、キヨはふたりの前ではそれを口にすることはないのだろうなとひとりで考えていた。 (ほんとに、綺麗な子だな、ゾッとするくらい) 美しいものなら飽きるほど知っている。中学高校と一禾の側に強制的に居させられていた自分である。女子生徒が振り撒く其の甘い匂いを吸うだけ吸わしておきながら、結局何の発展もなく涙を飲まされた毎日を送っていたことだって忘れたわけではない。染はその更に上を良く奇怪な人種で、もうそれは同じ人間であることを時々こちらに問いかける傲慢さを持った秀麗であったと思う。その顔を暗くし俯いて、どこか破滅的なことを日々呟きながら、遠くの幼馴染を探している染の側で、キヨは世の中には完璧と思えるようなものが、こうして形になって存在しているのだということに辟易することしかできなかった。 だけど京義は、京義は一体何なのだろう。 「・・・何ですか」 「え・・・」 不意に沈黙を破って京義がそう言うのに、キヨはようやく我に返った。どうやら自分は自分でも自覚していないくらい長い間、京義の顔をじっと眺めていたようだった。その視線に耐えられなくなったのか、京義は顔を上げてこちらをその赤い目で見ている。それに気付いたキヨは頬を上気させると勢い良く視線を背けて、何事もなかったかのように振舞うことで精一杯だった。京義はそれを不思議そうに見ていたが、暫くするとまたその注意はイチゴパフェの方に戻っていった。 「ごめん・・・!じっと見て、気持ち悪かったよね、はは」 「・・・別に、気持ち悪いとかはないですけど」 「あ、そう・・・」 「何か、言いたいことでもあるのかと思って」 そう小さく呟いて、京義はまた同じように細長い、おそらくはパフェを食べるためだけにこの世に存在しているだろうスプーンで、パフェの残りを突いた。それが一番深い層に到達して、ざくっと音を立てるのが、キヨの耳にはいやにこの場に不釣り合いに聞こえた。 (睫毛、長くて綺麗だな、女の子みたい?ん?女の子みたいではないか) そのスプーンを持つ手は骨張っていて男の手だなと思うけれど、指はすらりと長くて、その爪はきちんと手入れされている爪だった。その指が鍵盤の上を撫でたり飛んだり跳ねたりするところを、キヨは何度も見ている。かわいいし綺麗だなと思うけれど、女の子だと思っているわけではなかった、京義のことを決して。でも他に、どんな感情が当てはまるのか、自分でも良く分からなかった。 「笹倉さん」 「え、あ」 不意に京義が自分の名前を呼んで、またトリップしていたことに気が付いて、キヨははっと我に返った。京義はテーブルを挟んだ向こう側で、ほとんどその表情に変化はなかったけれど、何だか困った様子なのは黙っていても伝わってきた。 「・・・だから何ですか」 「あ、いや、ごめん!なんか理由とか特にないんだけど!」 「・・・特にない?」 「いや、違うな。そうじゃなくて、ごめん、京義くんほら、綺麗だから見とれちゃうって言うか・・・!」 京義が染以上だとは思わない。一般論的な考えをしてもきっとそうだろう。もしもこんなに惹かれるその訳が見た目の美しさではないのだとしたら、ほとんど毎日一緒に居て、長時間どうでも良い話を延々としている、それこそ相手の良いところも悪いところも熟知している染ではなくて、正体不明の無口な少年なのだろう。キヨには良く分からなかった、自らのことなのにそれが一番良く分からなかった。ただその赤い目元から時折漏れる、孤高の冷たい雰囲気の正体を知りたいだけなのかもしれない。 「・・・ーーー」 「うわぁ!ごめん!俺なんで本当のこと言っちゃったんだろう!キモい!忘れて」 そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう、スプーンを持って呆然とする京義の目の前で、真っ赤になって手をぶんぶん振り回しても、自分のそれがなかったことになるわけではなかったけれど、キヨには最早そうやって何とか誤魔化すことしかできなかった。 (夏衣以外も俺のこと、そんな風に見たりするんだな) (あいつが変なだけかと思ってたけど・・・) 赤い顔をして俯くキヨの耳辺りを見ながら、京義はひとりで考えていた。自分の容姿について、そんなに深く考えたことが、ホテルに来る前まではあまりなかったけれど、ホテルに来てからというものの、夏衣は挨拶をするのと同じくらい、京義だけではないけれど、住人を捕まえてはかわいい、綺麗と言いまくっている。褒めているのか、ちょっかいをかけているのか、京義にはそのどちらも同じ意味のように思えたけれど、言われ慣れないそれも、毎日のように浴びていると、その内に気にならなくなっていたから、京義にはその時、それがひどく新鮮に聞こえた。 「・・・変ですか?」 「えっ?変?変だよね、ごめん!」 「・・・そうじゃなくて、俺の顔とか、そういうの」 顔を上げたキヨは一度大きく瞬きをした。その瞬きをする音が、ぱちりと聞こえてきそうなくらい、その時間は京義にとってすごく静かですごく長く感じられた。 「変じゃないよ!」 「・・・声、でか・・・」 「変じゃないよ、かわいい!」 スプーンを握ったままの京義の手を、そのまま上から握るようにして、キヨは半分椅子から立ち上がって乗り出すようにして、多分店内にいる人間、全員に聞こえるくらいの声でそう言った。

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