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ルビーフルーツ Ⅶ

12月の空はどんよりと曇っていて、雪でも降り出しそうな天気だった。京義はそれをひとりで見上げて、黒いマフラーを押しやりふうと意図的にそこに息を吐き出した。それは京義の思惑通り暫くそこに止まり、そしてゆっくりと形を変えて消えていった。寒い季節は指がかじかんで上手く回らないが、暑いことに比べると幾らか好感が持てた。幾ら見た目涼しげであるからといって、本質的に涼しいのかといわれれば、それとはまた違う話になってくるのである。京義はもう一度曇り空に息を吐いた。それは形になって、緩慢な動作を伴い消えてゆく。他には何もしようとせずに、京義はただぼんやりとそれを見送っていた。 「京義くん、お待たせ」 「・・・」 振り返るとそこには先刻まで居座っていた店とそこから出てくるキヨの姿があった。結局キヨはひとくちイチゴパフェを食べただけで、後はコーヒーを頼んでそれをずっと飲んでいた。そして何が楽しいのか知らないが、色々と質問してはとても親切とは思えないような京義の返答に、楽しそうに笑っていた。もしかしたらキヨは甘いものがあんまり好きではないのかもしれないと、流石に他人に興味を全く抱かない京義でも薄々感付いてきた頃に、本来はキヨが食べるはずだったイチゴパフェは無くなっていた。 「・・・すいません」 「や、良いって、それにホラ。元々奢る約束だったじゃん」 「・・・そうじゃなくて」 「え?」 臆面もなく恐らく店で一番高いデラックスなど頼むべきではなかったと、京義は会計を前に確かに後悔していたのだったが、そこでキヨに頭を下げたのはその意味ではなかった。それが分かっていなかったのだろう、京義が顔を上げるとキヨはきょとんとした表情で固まっていた。 「そうじゃ、なくて」 「・・・え、と、じゃ、何だろ」 不用意にキヨは目を泳がし、ふたりの間に生まれた沈黙に耐えられないかのように、首を傾げて見せた。 「甘いもの好きじゃないのに付き合ってくれて」 「・・・あ」 「すいません」 京義のキャパシティにおける謝るという行動のバリエーションが極端に少ないため、もう一度京義は先刻と同じように謝罪の弁を口にした。するとなぜかをそれを聞いて、キヨのほうが罰の悪そうな顔をした。そして今度は京義が不思議そうにそれをじっと見ていると、キヨは視線に照れたように笑って口元を左手ですっと隠した。目は京義ではない別の方向を向いている。 「や、御免ね・・・なんか、気使わせちゃって・・・」 「いえ、俺は・・・」 「そうじゃないんだ、別に。苦手って訳でもないけど特別好きでもないって言うか・・・」 「・・・」 「それに今回は良いんだよ。京義くんの好きなものを食べに行くってことだったんだし」 「・・・はぁ」 目を反らしたまま自棄に饒舌に喋るキヨを訝しく見上げながら、京義はまた言いたいことの半分も言えずに曖昧に相槌を打つ。その時キヨの珍しい若草色の髪の毛が冷たい風に吹かれて、ふわりと浮いたその奥にきらりと光るものを見たような気がした。 「あのさ、もし嫌じゃなかったら、なんだけど」 「・・・はぁ」 適当な相槌を打つとキヨはまた不意に目を反らして、京義ではない方向を見つめていた。京義はその視線を追いかけるように、必然的にその横顔に目を当てることになる。 「また、ご飯食べに行こうよ」 言いながらキヨが眩しそうに目を細める。もうその頬から赤みは感じられなくなっている。それどころか口調は随分と落ち着いたものになっていた。それを追いかけながら、一体何が眩しいのだろうと京義は思う。キヨの目には自分には見えていないものが写っているのかもしれない。そうとすら思わされる。それに一体どう返答すべきなのか考えた。考えたが京義には良く分からなかった。キヨが食べられない理由を何故か隠そうとすることの意味も、始終楽しそうにしているのも、京義には理解出来なかった。 「別に良いですけど」 ただ、一禾は絶対作ってくれないだろう、クリームとチョコレートの積み上げられた、それだけで一日分のカロリーを一気に摂取出来るだろうパフェは、奇天烈な甘さと共に京義の胃袋にすっかり収まってしまっている。暫くはもう食べたくはないが、悪くはないと思った。だからそう答えただけに過ぎないのに、それに自棄に嬉しそうな顔をされて、それが一瞬誰かを京義に思い出させようとして、脳裏に影がちらついた気がした。そしてそれが一体誰だったのか、京義が思い出すことは無かった。 出かけにホテルのエントランスに居た紅夜は当たり前ではあるが、京義が帰ってくる頃には姿を消していた。かじかんだ指先を擦って、京義は靴を脱いで談話室に入った。そこは暖房が利いていてきっと温かいだろうと思ったから、自分の部屋に帰る前に暖を取っておく必要があると考えたからだった。誰か居るかと、居ても夏衣だろうと思っていたが、扉を開けたそこには誰も居ないのに電気が付いていて、京義の憶測通りに暖房が利いていて、部屋の中は外とは違い随分温かかった。 「おかえり、京義」 誰も居ないと思っていた部屋の中、不意に声がしてそれに少し驚きながら、京義は声のほうを確かめるつもりで見やると、キッチンにエプロンを着けた一禾が立っているのが見えた。一禾は京義と目を合わせると、持っていた包丁を持ち上げてにこりと笑った。意味が良く分からなくて、京義がそれに戸惑っていると、一禾は目を手元に戻し軽快に何か切り出した。どうやら夕食の準備をしているらしい。そういえば、談話室の中には穏やかな雰囲気に混ざって夕食時の良い匂いがしている。 「俺もっと遅くなるんだと思ってたよ」 「・・・」 「どうだったの、デートだったんでしょ?楽しかった?」 「・・・別に」 目を手元に落としたまま、一禾は楽しそうな口調で続けた。なぜ一禾がそのことを知っているのか、京義は分からないまま、それに曖昧に返事をした。相手は随分と楽しそうにしていたが、京義はどうもそれが良く分からずに、最後まで自分の中でそれに納得のいく説明をつけられないままに終わってしまった。尤も元々そんなことに対して意味は無かったのかもしれないが。 「そう。それは良い、とっても良いことだよ」 「・・・」 「ご飯食べるでしょ、もうちょっと待っててね」 「・・・―――あぁ」 ちくりと胸を刺された。そのどれが一体一禾の言う良いことなのか、京義には全く分からないのだった。

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