264 / 302

真砂で城を作りましょ Ⅶ

まるで柔らかい、細かい砂で、精巧なものを作ろうとしているみたいに、それは途方もない作業だったと思う。 「いちかー、ご飯できた?」 ダイニングテーブルに座って、今日は推理小説を読んでいる夏衣が、お腹が空いたのかさっきから何度もそう声をかけてくるのに、できるだけ苛々しないように、一禾は努めて冷静でいるようにしていた。 「さっきから何なの、煩いんですけど」 「え、何か怒ってるの?一禾最近、苛々しすぎなんですけど」 「ナツがいちいち余計なこと言ってくるからでしょ。黙っててよ」 「俺、ご飯できた?って聞いただけじゃない?流石にそれは言い過ぎじゃない?」 自分でも最近些細なことで苛々してしまっているのは自覚していたので、夏衣がふざけた調子でそう言ったことに対して、まぁ確かに夏衣の言っていることも間違ってはいないと思ったけれど、それを認めると負けたことになるので、一禾はそれを聞こえなかったふりをして黙っていた。 「え、一禾どうしたの?まさか妊娠した?」 「・・・ほんっと、黙ってくれないかなぁ・・・?」 「じょーだんじゃーん、なんでそんな怒るのさー」 笑いながら夏衣はそう言って、相変わらずふざけた様子が変わらなかった。 試験だのレポートだのと言っている時期はいつの間にか終わって、思ったよりもあっさりと夏休みが来ていた。高校生のふたりは流石進学校というべきか、夏休みでも夏期講習など色々あるようで、時々制服を着て降りてくることがあったけれど、大抵の日は休みのようだった。染は一禾が心配していたよりはずっと、しっかり単位を取り終わることができていて、本人は得意そうだったけれど、一禾にしてみれば単位を取ることはちゃんと授業に出ていたり、レポートや試験を受けることを疎かにしなければ、そんなに難しいことではなかったので、そんなに得意気にすることではないと思ったけれど、染の頑張りに水を差すみたいで、本当に思ったことは言わないでおいて、一応褒めておいた。兎も角、学校が終わったおかげで、鳴瀬の影に悩まされることもなくなって、一禾の心の中はこれでも一応、凪いでいるはずだった。 (何だったんだろう、結局) 結局、鳴瀬が一体何の目的で染に近づいたのかは、一禾にはまだ分からなかった。キヨに聞いても「お前の考えすぎだよ」と溜め息混じりに言われるだけで、一禾の役には立たなかった。染に近づく全てが、何かの意図がなかったことなんて、今まで一度もなかったから、鳴瀬にも絶対何か目的があるはずだと、一禾は余りにも盲目的に半分以上決めつけていたし、きっとキヨはそれを危惧してそう言ったのだろうけれど、盲目的に持論を信じる一禾には、キヨの声など全く届いていなかった。だからそれが何だったのか、目的があるのかないのかさえ、一禾はまだ突き止め切れていなかった。 (それにしても、俺、染ちゃんに対して、そんなにあからさまだったんだな) (他人に気づかれるくらいには) 鳴瀬が教えてくれたことで、一禾が自分に役に立ったと思ったのは、ただそれだけだった。キヨにそれを言った時はキヨは目を丸くして「お前は何を言ってるんだ?」とまるで、自明のことみたいに言われたけれど、一禾はこれでも自分の気持ちは隠しているつもりだったし、染にその気がないことだって、鳴瀬に言われなくたって勿論、分かりきっていたことだった。今までは染に気づかれなければ、それでいいと思っていたけれど、染が気づかなくても、こうして他人を介して染の耳に入ることもあるのだなと思ったら、もう少し注意をしなければいけないのかもしれないと、一応一禾だって考えてみたりしたのだ。 「あ、染ちゃーん、おはよー」 「・・・うん、おはよ」 もう12時を回っているのに、学校がないと染は大体昼まで眠っている。今日もそういう日だったようで、寝巻き代わりのTシャツのままで、談話室に入ってきた。それを見つけた夏衣が声をかけるのに、ちらりとこっちを見た染と、何だか目があったような気がして、別にそんなことどうでも良いはずなのに、一禾は気がついたらふいっと目を反らしていた。染は寝起き全開の顔をしたまま、ふあっと大きな欠伸をすると、そのまま吸い込まれるようにソファーに寝転がってしまった。 「そめちゃーん、そんなところに転がってたらまた寝ちゃうよー」 「うーん・・・」 「顔洗ってきな、もうすぐお昼ご飯だからさ」 「うーん」 染は夏衣のそれに唸り声だけを上げて、返事をする。多分、まだ眠いけれど、時間も時間だと思ったのか、一応降りてきたのだろう。 「んー・・・ナツうるさい・・・」 「もう!俺は親切で言ってあげてるのに!」 「なぁ、いちかー」 夏衣の呼び掛けのおかげで、一応寝転がることは止めたようで、ソファーに深く腰かけたまま、染が自分の名前を呼んだので、一禾は少しだけびっくりして、皿にもう盛り付けるだけだった手を止めた。 「なに?」 「ごはん、なんなの?」 「トマトの冷製パスタだけど・・・」 「俺はトマトのあのぐじゃっていう感触が嫌い。なすに似てる」 「はいはい、じゃあ食べなくて良いです」 「ひどいー、一禾俺に冷たすぎる!もっと優しくしてくれてもバチは当たらないよ」 「バチくらいなら当たっても良いよ」 うるさい夏衣のどうでもいい会話に適当に応じながら、その奥に座っている染のことを見るわけでもなく見ていたけれど、染はそこに座って、まだ眠そうな顔をして、時々口角だけを上げていたので、一禾は何となくそれを見ながら、何があったわけではないけれどほっとしていた。 「顔、洗ってくる」 そうして染が誰に言うわけでもなくそう言って、談話室を出ていってしまってから、一禾はパスタをガラスの皿に盛り付ける作業に戻った。 「ねぇ、ナツ」 「なに?」 「俺ってさ、すごい、染ちゃんのこと、好きっぽい?」 夏衣はダイニングテーブルに座ったまま、キッチンにいる一禾のことを見たけれど、一禾は手元に集中していたから、夏衣のことは見ていなかった。 「何言ってんの?」

ともだちにシェアしよう!