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僕ら最後の晩餐に Ⅴ
扉がノックされて、今度こそ滝沢だと思って、染は外にも聞こえるように返事をしたつもりだったけれど、かすれて思ったより音量が出なかった。
「染くーん、ごめん」
そんな染の心配は他所に、染が返事し終わるかし終わらないかくらいのタイミングで、まるで返事など要求していないみたいに扉が開いて、やはり今度こそ思った通り、滝沢が戻ってきたことには、染は一応ほっとしていた。滝沢は部屋に入ってくるとほとんど同時に、遅れた言い訳をたくさん並び立てていたが、染にはそれがどういう意味なのか、あまり理解できていなかった。
「・・・あれ、鏡利さん」
「滝沢くん、お疲れ様」
「なんで鏡利さんがここに・・・皆、探してましたよ」
「あぁ、そうか。それならそろそろ戻ろうかな」
笑いながら鏡利は椅子を引くと、自棄に軽やかに立ち上がった。そこではじめて、染は鏡利がここに来たことは、滝沢の本当に驚いた顔を見ながら、計画的なことではなかったことを知った。それが計画的なことでなかったことが分かったところで、染にとって何か利益があるわけではなかったけれど。
「じゃあね、染くん。またあとで」
「・・・あ、はい・・・」
部屋を出ていく時に、鏡利は爽やかに笑って手を振って、染に向かってまるでなにか約束しているみたいにそう言ったけれど、染はその「またあとで」が何を意味しているのかなんて、何にも分かっていなかった。だからそこで反射的に返事をして、そしてまた曖昧なことを言ってしまったと反省したのだった。
「・・・染くん」
「あ、はい」
鏡利が部屋を出ていって、完全にここから存在が消えてしまってから、まるでそれを待っていたかのように、滝沢は染に向き合ってそう切り出した。
「鏡利さんと何話してたの?」
「えっと・・・えーっと・・・」
「モデル、続けてくれないかっていう話?」
「あー、そうかも?しれない、です」
染が曖昧に答えて、口角を引き上げるのに、滝沢は小さく溜め息を吐いた。その話は先日、滝沢が鏡利にメールをした内容だったけれど、多分その内容に納得がいかなくて、自分でこっそり聞きに来たりしたのだろうと滝沢は染には黙ったまま、そう思った。
(あの人、へらへらしているけど、欲しいものは絶対手にいれるタイプだもんなぁ・・・)
染がそれに何と答えたのか、滝沢には聞かなくても分かるような気がしたから、その話はしないでおこうと思った。その話をする度に、染が目を白黒させながら、それでもはっきり言わないでいることを、滝沢は染の悪いところだと思っていたけれど、それでまた仕事を頼むことができることには、一方で感謝もしていた。染は用意された必要なもの以外は何も用意されていない白い部屋の中で、所用なさそうにただ椅子に座って、緊張したように体を固くしたまま、黙っている滝沢のことを、伺うような目で見ている。
(無理はしてほしくないんだよ、本当に)
(だけど世間は君のこと、放っておいてはくれないんだろうなぁ)
できるなら、滝沢だって、染の意思をもっと汲んでやりたかったけれど、表に出ないほうが彼にとっての安心であり安全であることを、これでも少しは理解しているつもりだったけれど、まったく違う、反対のことを言わなければならないことに、少しは胸を痛めたりもしているつもりだったし、それを染に伝えることもできないなんて、残酷だと思ったけれど、滝沢は結局何も言えないのだった。それは滝沢自信の立場の問題もあるし、きっと他のことも関係していることだった。
(君を切り売りして消費してしまいたくはないけれど)
(他にどうしたらいいのか分からないんだ、ごめんね)
染には聞こえないように心の中で謝って、滝沢はこの矛盾に決着をつける方法を探していた、これでも。
スポットライトの下は今日も眩しくて、日常と地続きだったけれど、分かりやすくその場所は非日常だったと思う。滝沢にとっての職場であるそこは、毎日モデルたちと顔を見合わせているはずなのに、染がそこに立つと不思議とそう思わせてくれるからそれはひとつの才能だと思った。
「滝沢くん」
灰色の壁にもたれて、滝沢がいつものように着々と進む撮影の様子を見ていると、ふいに隣から声をかけられて、顔をあげると側に鏡利が立っていた。
「鏡利さん、何ですか」
「染くん、断られたよ」
「えっ、断ったんですか」
滝沢はびっくりして思わず大きな声を出してしまって、慌てて口を押さえた。近くにいたスタッフが振り返って、怪訝な顔をしてくるのに、首だけを動かして、せめて謝っているふりをして見せた。
「なんでびっくりするの?滝沢くんだって僕にあんまりうまくいってないってメールしてきたじゃない」
「・・・いや、染くんの性格上、押せば大体のことイエスって言ってくれるので・・・断ったのか、そうか」
「そういう性格だって分かってるのに、押してイエスって言わせるなんて、ヤクザのやり口だよ、怖いなぁ。滝沢くん」
「いや、誰のせいで俺がこんなことしてると思って・・・」
「誰のせいなの?駄目だなぁ、上司として僕が怒っておくね」
にこにこ笑いながら鏡利がそう言うのに、滝沢はそれ以上何も言えないと思った。
「答えは保留にしておいたけど、一応」
「保留にしたんすね・・・」
それだって押してイエスと言わせたのだろうと思ったけれど、滝沢はそれ以上、鏡利には何も意見できなかったので黙っていた。
「まぁだから、引き続き頼むよ、滝沢くん」
「・・・分かってますよ」
「イエスって言わせるんだよ、必ず」
「怖いっすよ、俺に圧をかけるの止めてください」
あははと笑って、できるだけ冗談っぽくしてみたけれど、鏡利がその時、自棄に真剣な目をしていたので、滝沢は自分の笑い声がどんどんかすれていくのが分かった。
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