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僕ら最後の晩餐に Ⅶ

隣のテーブルで楽しそうに食事をしている、カップルらしい女の子の動作が気になって、一度気になり出すと止まらなくて自分でも気にしないようにしようと思えば思うほど、逆に気になってしまって落ち着かなかった。料理や飲み物をサーブしてくれるのは皆男性だったから、彼らがふいに近づいてくることは、そんなに背中を強張らせる必要はなかったけれど、客の中には勿論女性もいるわけで、その甲高い声が聞こえてくる度に、染は冷や汗が出てくるのを止めることができなかった。 「そういや、鏡利さん最近日本に良く帰ってきてますよね」 「あぁ、そうなんだ。中舘によく怒られてる」 「あはは、中舘さん怒ってそう。何してるんですか、日本で」 中舘というのは鏡利の秘書の名前だったけれど、染は勿論その事は知らなかった。けれどふたりの会話に水を差すこともしたくなかったので、特にその人物が誰かと言うことが、自分にとっては必要な情報でもなさそうだったので、ただ黙って俯いてコーヒーを飲んでいた。コースの料理は終わって、大きな窓から見える景色もすっかり夜になってしまっている。もう少ししたらここから帰ることができるのだと思ったら、染は鏡利には悪かったが、そのことだけが嬉しかった。 「人を探してる」 「人を?スカウトってことですか?」 「まさか、スカウトなら他の人間に任せてる」 「ですよねぇ。誰を探してるんですか」 のんびりした声で滝沢が鏡利に向かって聞くのを、隣で聞くわけでもなく聞きながら、染がソーサーにコーヒーカップを置いた時だった。 「大事な人だよ。色々あって別れちゃって、もうずっと会ってないんだけど」 「・・・あれ、鏡利さんもしかして、再婚でもするんですか」 再婚、その言葉を聞きながら、染にはただ、鏡利が一度結婚したことがあるのだということだけしか分からなかった。すると滝沢がふっと染のほうに視線をやってきたのと、目が合った。 「あ、染くん。鏡利さん昔結婚しててね」 「そんなこと教えなくていいんだよ、滝沢くん」 「別に隠してることじゃないから良いでしょう」 滝沢の視線が染から反れて、鏡利に移る。鏡利はそこで珍しく、染の見たことのないような少し困ったような表情を浮かべていた。 「昔の恋人とか?そういう系ですか」 「違うよ、もっと大事な人。染くんにはいるの、そういう人」 ふっと質問の方向性が変わって、自分に飛んできて染は少し慌てたけれど、長く鏡利や滝沢と一緒にいたせいで、少しだけふたりの空気感にも慣れてきたところだった。 「大事な人?誰だろう、一禾かな・・・」 「上月さん?」 滝沢が聞く。そういえばこのバイトもはじめは一禾に依頼されたものだったらしい。一禾はこういうことにあまり興味がないみたいだったが、一禾にはefの服はとても似合うと思っていたし、プロのメイクや照明の下で、一禾の彫りの深い顔立ちは映えそうだと思っていたけれど、それを一禾に言ったことは一度もなかった。一禾は自分の見た目に関しては、他のことに比べると割りと珍しくネガティブな考え方を持っていた。染は一禾の自信に満ち溢れたその姿のことを、いつも羨ましいと思っていたし、眩しいと思っていたから、憧れであり目標でもあったけれど、一禾はそんな風には自分のことを思っていないようだった。染にしてみたら、どうして一禾がそんな風に考えているのか、不思議で堪らなかったけれど。 「諒子さんの知り合いなんですよ、上月さんっていって。染くんの幼馴染みだったよね」 「あ、そう、です」 「上月さんもめちゃくちゃ綺麗な顔してるよね、芸能人みたいな。すっごく大人っぽいし」 「そうです!」 普通に相槌を打ったつもりだったけれど、隣の滝沢がびっくりした顔をしていて、染は自分が知らない間に大声を出していたことに気づいて、顔が真っ赤になった。 「す、すいません・・・」 「いや、いいけど。染くんそんな大声出るんだ、びっくりした・・・」 「いや、ほんとに・・・」 「今度連れて来なよ、鏡利さんも一回会ってほしいなぁ」 今までのことを鑑みても一禾は多分、一緒には来てくれないだろうけれど、それは染を甘やかすことになるからと言う理由以外のことでも、染は一応それには頷いておいた。滝沢に言われたからと言えば、一禾のことを誘いやすいと思ったのもある。 「まぁ、ホテルの皆は、家族みたい?で、みんな大事、かな・・・」 「ホテル?」 「あ、俺、なんか、他の人と、共同生活?してて、あの」 「ルームシェアみたいな。本当のホテルみたいなところなんだよね。あれ、ホテルの跡地なんだっけ?」 「あ、そうです。確か」 いつだったかもう覚えていないけれど、以前夏衣がそう言っていたことを、確か聞いたことがあったような気がした。染は滝沢のそれに答えながら、コーヒーが出てきてからしばらく経つけれど、はやく終わらないのかなと、そのことばかり考えていた。 「へぇ、なんか楽しそうだね。大学生って感じだ」 「あ、でも、高校生もいるんですよ」 「えっ、高校生もいるの?」 「あ、はい。なんかオーナーが預かってる?って言ってた、かな」 「へぇ、高校生くらいの時から親から離れて暮らしてたら、俺きっとぐれちゃうなぁ」 あははと滝沢は笑ったけれど、鏡利は神妙な顔をして黙っていた。今までずっとにこやかにしていたのに、急に鏡利が黙ったから、染は自分が何か悪いことでも言ってしまったのではないかと思って慌てたけれど、隣の滝沢はまったく気にしている風でもなく、染は一人で水面下で慌てているだけだった。 「あ、ちゃんと、学校行ってるし、ぐれたりとかはしてない・・・多分」 「そうなの?真面目なんだねー、俺絶対無理だな」 京義の真っ白にブリーチされた髪の毛を思い出して、染はあれが真面目に学校に行っている人間のすることなのかと思ったけれど、それをこの場で説明するのは面倒くさいから止めておいた。 「ね、鏡利さんどう思います?」 「あー・・・どうだろう。僕は学校とかあんまり好きじゃなかったから、行かないかもなー」 「ですよね。俺もそうです」 滝沢がまた笑って、鏡利も普通に話をしていたから、染はどうして鏡利が一瞬黙ったのか分からなかったけれど、多分なんでもないことだったのだと思った、その時は。 その後こんなことになるなんて、思っていなかった、その時は。

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