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イミテーションゴールド Ⅲ
頭の中が酷く熱くて、割れそうなほど痛かった。
「はい、起きてー」
顔に何か液体がかかったような感触で、京義はうっすらと目蓋を開けた。すると目に液体が飛び込んできたので、慌ててまた目を閉じるしかなかった。なぜだが上手く息が吸えないから、口を開けると、そこからも液体が入ってきて、京義はそのまま固い床の上で体を折って咳き込むことになった。きゅっと音がして、ようやく水音が止むと、今度は何かを思い出したように胃酸が喉までせり上がってきて、京義は慌てて体を起こして、床の上に口の中のものを全部吐き出していた。
「がはっ、っつ」
「はいはい、全部吐いちゃったほうが楽かもね」
頭がくらくらしてよく分からなかったが、どうやらここは浴室だったらしい。意識を失った自分をきっと夏衣がここまで運んだのだろう。京義はすでに全裸だったが、衣服の乱れがひとつもない夏衣は、浴室に入らずに脱衣所のところにしゃがんでこちらを見ている。これは京義がホテルで暮らすようになってから知ったことだったが、個人の部屋にもバスルームがついていたけれど、ホテルの住人は掃除が面倒くさいからという理由でそこをあまり使わなかった。使っているのは夏衣くらいだった、本来使うべき用途とは、全く別の要領で。さっきまで顔に当たっていたのは、夏衣が持っているシャワーだった。京義はまた嘔吐の気配を感じて口を開けたが、ろくにものを食べていないせいで、口からは透明の唾液と胃酸の混ざったものしか出てこなかった。
「頑張って、京義。もうすぐ入るよ」
「や、やだ、もう・・・」
「駄目だよ、拡張途中でやり直したら、また一からだよ、今日頑張ろう、ね」
「い、やだ、やめろ・・・」
意識が遠退く、と思って瞬きをしたら、夏衣は持っていたシャワーをまた京義の方に向けて、今度は急激に呼吸ができなくなる。
「やめっ・・・ーーー」
「あはは、じゃあちょっとだけ休憩ね」
夏衣はにこにこ笑って、脱衣所にシャワーだけを持って座っている。今でも特に印象は変わらないが、その頃の夏衣は兎に角いつもにこにこ笑っていたし、いつも冗談とも本気ともとれない無駄なことばかり言っていた。時折真剣な目をして話をすることもあったけれど、そういう夏衣のほうが寧ろレアだった。そういう意味では怒っているのか喜んでいるのか分かりにくい、感情の起伏の見えにくい人だった。その時も京義がバスルームの床に吐瀉物を吐き散らかして苦しんでいても、それを笑顔で眺めていて、実際にどう思っているのか分からない分、不気味でもあったし、勿論怖くもあった。
「可哀想に、京義。どんな酷い家にいたかしらないけど、これなら家にいた方がマシだったでしょ」
「・・・ーーー」
目を細めて、夏衣は口許に微笑を浮かべながら、その原因を担っているくせにそれを棚に上げるみたいに、そう本当に京義に同情するように言った。僅かに胃酸の臭いのする浴室の中で、焼けるような頭痛の中で、体の痛みだけがぼんやりとしていた。放っておくと口から透明の唾液がだらだらと溢れて、まるでそれの飲み込みかたを忘れてしまったようだと京義は思った。
「うるせぇ、そんなの、お前が決める、ことじゃない」
「・・・良いねぇ、その目。好戦的でとってもいい」
言いながら夏衣は立ち上がって、京義はそれで休憩は終わったのだと理解した。けれど立ち上がろうとしても足ががくがく震えて、上手く立ち上がることができなかったから、その時京義にできたことは、僅かに膝を立てることくらいだった。
「あっ、んっ・・・」
広いベッドには勿論どれもそうなのだけれど、どこにも取っ掛かりがなくて、掴まるところがどこにもなくて、気を抜いたら足を引っ張られて、後ろから怪物にぱくりと食べられてしまいそうだと思った。滑る白いシーツに爪を立てても、そんなことではうつ伏せになった自分の体を上手くそこに縫い止めて置けなくて、焦って体を捻ったけれど、そんなことは全部、多分無意味だった。
「かわいい声出てきたじゃん、気持ちくなってきた?」
「くそ、がっ・・・んっ」
「我慢しないで、声出したほうが気持ちいいよ」
「あっ、あぁっ」
後ろ孔に突っ込まれたディルドを、夏衣が容赦なくまた深く差し込んできて、視界がぐちゃぐちゃと歪んだ。やめてと言っても多少ブラックアウトしかかっても、夏衣はもう中断してくれなかったし、それ以上優しい言葉もかけてはくれなかった。確かに夏衣が言ったように、こんなことなら鏡利の加護の元でもなんでも、家にいたほうがマシだったのかもしれないけれど、もし鏡利のせいでこんな風に自分が落ちるところまで落ちてしまったことを、いつか父親が知ることがあったら、それはとんでもない復讐になるのではないかと、そんな歪んだことを考えたりもして、それだけが京義に明るい現実を見せていた。
「あっ、んっ、もう・・・やっ」
「可哀想に、君かわいいから女の子にもモテるだろうに。女の味を知る前に女の子にされちゃうなんて」
「やめっ・・・、抜け、よ・・・っ」
「本当に可哀想、可愛くて、可哀想だね」
言いながら夏衣はあははと声を上げて笑って、そのディルドを一気に抜いた。酷い圧迫感から急に解放されて、京義は体中の力が抜けたのが分かった。口を開くと何か出てくると思ったけれど、それは透明な唾液だけだった。掴まるところを探して、シーツを手繰り寄せたけれど、それは京義が躍起になって掴んだくらいでは、少しシワになっただけだった。
「うん、もう良いかな、挿れちゃうよ」
「はぁっ、あっ」
耳の後ろから夏衣の声が聞こえて、もうどうでもいいと京義は思った。終わるならはやく終わってほしいし、解放されるならきっと早いほうが良かった。
「・・・はやく、しろ」
「良いねぇ、そうやって俺に媚びたりしないの、すっごい良いよ」
すると急に頭を上から押さえつけられて、京義は強かに顎をベッドに打ち付けた。
「やめっ・・・ーーー」
「好きでもない男に抱かれる気持ち教えてよ」
「・・・ーーー」
その時、夏衣がどんな顔をしていたのか、京義は知らない。夏衣の手のひらの下で、京義は身体中が焼けるように熱かったというのに、自棄に温度のない冷たい手のひらの下で、ぎりぎりと奥歯を噛んでいることしかできなかったから。その時きっと笑っていたのだろうと思ったけれど、もしかしたら違ったかもしれない。京義は夏衣の顔を見ていないから、そのことは永遠に知ることはできない。
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