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「ーーじゃあお前は何だ、健全な学び舎で淫行に耽ってた訳か」 「…違うよ」 舌の回りは覚束ないが、遮る声はやけに澄んでいた。 「お前が思ってるような事じゃないよ」 眉を寄せたが、発言の内容をよくよく嚙み砕けば、淫行の部分は否定していないのではないか。 既に目を合わせようともしない相手に苛立ち、また机へ押さえつける。 「ふうん?じゃあ大方今みたいな展開か?」 片手でバックルを外してアンダーをずらす。 やたらと白い腹が浮かび、その平さと手が回りそうな細さに頭部を後ろから殴られた。 なんて心許ない身体だろう。 きっと我が父親も、不意にこのか弱さに触れてしまい、健全な判断軸が歪んでしまったのだろう。 スラックスを剥けばすらりと伸びた脚が矢張り真っ白く、カーテンを引いた暗がりで、神聖な物のように薄い光を放っている。 神への冒涜を犯している気になった。それでも容赦の心は微塵も無く、身体で無理やり相手の脚を開かせたまま、吸い付く様な大腿の肌を撫で上げてゆく。 「月曜、中、だったら」 何を致されるかやっと現実味を帯びて来た中、逃げ惑っていた相手が消え入りそうな声を出した。 一寸、何の事か理解が遅れた。 そう、どうやら現在どうしようもなく頭が悪くなっている大人は、先のどうでも良いリストの話題を蒸し返していた。 「月曜?」 鼻で嗤いたい心地の神崎が問い返す。 御坂はぐったり崩れた腕で顔を覆いながら、どうにか薄い胸を呼吸で上下させていた。 「別にもう要らん、アレは」 「…?じゃあ何してるの、何が癇に障ったの」 「何も?何時までも死んだ人間に執着してるお前が可哀想だと思って」 邪魔を図る腕を捻り上げ、下着の中へ無遠慮に指を這わせる。展開に凍り付く身に乗り上げ、中をまさぐれば一応自分と同じものが付いていた。 雌雄の無い生き物と言われても納得できたのに、未だ柔らかい感触を握れば生々しさが募り、こちらの下半身にまで影響してきた。 「まあ非処女なんだったら、そんなに喚く事でも無いだろ」 「…何でそんなこと言うの?」 この大人、もう少しで泣くんじゃないか。 子供を理詰めで宥めようとしていた親が、その理論破綻した暴挙に呆然と顔を覆うみたいだ。 喉の音で溶けそうな声が尚更裏返り、圧倒的弱者で怯える。誰かこんな御坂康祐を見た例があるだろうか。ああ、一人はあるのか。 宜しくない方向へ思考が傾き、理不尽な加虐心ばかりが募る。 「お前は俺が考えてたよりも、随分マトモだったらしいよ」 そしてもっと強いと思い込んでいた。神崎が幾ら万物を手に入れようが、後にも先にも逆立ちしても敵わないと呆れたのはこの大人だけだったのに。 「俺の素行に意味を考えてる時点で…あ、ゴムあったわ」 片手で封を開け、粘つく中の物を指へ纏う。 未だ何か反抗しそうな口を塞ぎ、相手の中へ指を埋め込むや、白い指が此方の肩へ足掻きの様に食い込んだ。 痛みを与えて致し方ないと思っていた。なのに内壁を擦らせた矢先、神崎に抗っていた力がするりとほどけた。 訝し気に反応を覗き込めば、中を擽る動きに呼応して、びくびくと濡れた睫毛が震える。 「…なに、お前」 言い難い反応に不思議な苛立ちが募り、無遠慮に突っ込んだ2本目で奥を押し広げた。 シーツを引っ掻いていた手が口元を押さえ、明らかに何かを堪えて此方から背けようとする。 「感じてんのか?」 甘ったるい内部がうねり、指を誘い入れる。反して無理矢理露わにした顔には焦燥と動揺がとっ散らかり、濡れた目の真ん中があちこちへ彷徨っていた。 いきなりこんな場所は反応する様に出来ていない。合意か知らないがどう見ても最近まで教育され、奥まで慣らされた跡が伺える。 こんな潔癖そうな面をしておいて。性的な匂いもまるで無かった癖に。 「…親父が死んだのは随分と前だが、お前は他の男にも突っ込まれてたのか」 変態、とでも言いたげに神崎は吐き捨てた。もう何の遠慮も無く体重を掛け、白衣から伸びた白い脚を割り開く。 「あの引き取った餓鬼…いや、そう言えばお前、パトロンみたいなやらしい資金提供者がいっぱい居たよな。俺に道徳だの大層な抗弁垂れといて、手前は犬みたいに男の下半身舐めてた訳か」 其処まで貶して、御坂が腫れぼったい目ながらやっと睨みを寄越す。 だが相変わらず口からはひとつの反撃も生めず、その間に相手の腰が密着し、性器の先端が宛がわれていた。 「待っ、て…はる、あ」 絶対逃げられない力で圧しかかられ、熱い感触がずるずると身体の内部へ侵食し始めた。 「っあ…、ぁ、んん」 喉から消え入りそうな嬌声を漏らし、途方もない圧迫感に耐えようとする。 その声の痛々しいながら、甘ったるいこと。 調理方法をじっくり考える余裕も取られ、神崎はことを性急に進めようと折れそうな腰を引き寄せた。 「御坂先生、絡みついてくるんですが、お前の中が」 そんなに男のモノが気持ちいいのか。この人間に性的な欲求を抱く男が、自分や父親だけで無かったという訳だ。腹立たしい事に。 「ん、っん…」 「何なんだよお前、あんあん言いやがって」 弱弱しいが声だけでなく、さっきまで必死に抵抗していた身が、自分の痴態を隠すので一杯一杯になっていた。 「こっちでいけそうだな、いかせてやろうか」 唇へ噛み付く様に問うてやれば、また色の変わった瞳が砕け散りそうになりながらも、懸命に神崎を見ている。 それが急にとろりと、例えるなら氷がお湯に落ちて一瞬で霧散するみたいに蕩けた。 今なら御坂康祐を壊して、一から自分のモノに出来るのでないか。 世界で最も強かな存在ゆえに、当人が不安定になった途端、そういった男の下らない欲求が牙を剥いて襲い掛かる。 シーツへ押さえつけ、下半身を融着しそうなほど捻じ伏せる。 欲望が相手の中の、一番深い部分へ届いたところで、纏わりつく内壁がびくびく痺れて蜜のように柔らかくなり、神崎は自身を包む未知の快楽へ目を眇める。 「は、る、見ないで、お願い」 顔を隠そうとした手を剥がした。 必死に親代わりとしての面子へ縋る大人へ、只管残酷に壊したいまま、奥を何度か抉る様に突き上げた。 喉の奥から我慢できなかった、裏返った吐息が漏れ出す。 それから奥が、意図的には無理なはやさで収縮して爆ぜ、達したらしい。感触がダイレクトに中心から伝わり、神崎は眼下へ投げ出された身体を剣呑な目つきで追い掛けた。 「あーあ…お前」 性的な絶頂という、とんでもなく無防備な瞬間を曝け出された。 御坂は恐らくもう何も回っていないであろう頭で、ただ恐ろしい神崎の暴力に怯えていた。 「しっかり調教済みじゃねーか、変態」 恐らく、当人が最も神崎に隠しておきたかった側面だろう。それが何の逃げ場も無く丸裸にされたのだから、流石に可哀想にはなる。 自分の腕の中に居る身体は蕩けそうに熱く、柔らかく、すっかり愛玩物の体を為していて、神崎は吸い込まれる様に半開きの唇を啄んだ。 「ん、、っん」 何をしても逐一甘ったるい声が漏れる。 ふやけた唇を吸って、業と音を立てて舌を擦り合わせてやれば、支えた腰がびくびくと震えた。 間近でかち合った瞳が、何の拠り所もなくぼうっと神崎を見ている。 その様が可愛らしく、つい身を屈めて何度も唇に触れた。一回いかせただけで此処まで大人しくなるものか、力が抜けた従順さに満足し、ちっとも熱の収まらない下半身の律動を再開する。 いつも小言を言う口が半開きで、また意味も無い音を零した。 テーブルへぐちゃぐちゃに投げ出された白衣、タイトな黒のスラックス、覗く肌、溶け始めた氷みたいな目。 普段は閉ざされた柔い唇から真っ赤な舌が覗き、コントラストが一際に脳を揺さぶる。 これを抱きたい人間が多い理由が分かった。 神様を堕とした様な、恰も頂点捕食者に立った様な気分になった。 「…おい、腕こっちにやれ」 そんなに強く押さえつけた覚えもないのに、赤い跡が浮く手首を捕まえた。 無理やり引き上げ、此方の肩へ回させる。 寄る島も見失っていた目が一瞬神崎を捉え、思考が可笑しくなったままに従って首へ縋る。 いっそ砕け散れば良いのに。壊れて、何の力も失って、自分へ縋る様に逃げてくれば良いのに。 「は、る」 「ん?」 雛が初めて視界が開け、刷り込み先を見つけたみたいな目をされて、ついこちらも甘ったるい声が出た。 この状況でそんな親愛を向けられる訳はないが、ゼロベースに落とされた目がとにかく稚かった。 腕にある身体がもう自分の物になった様な気になって、急に甲斐甲斐しく不安を悟り、頬に垂れた涙を拭ってやったりする。 御坂はもう、方向を完全に見失っていた。 正常位で豪も逃げ場なく犯そうが、熱に焼けたあめみたいな声だけ漏らし、濡れた虹彩へ懸命に神崎を写しているだけで。 達した頂きすら記憶になく、ただずっと心地よく、生温い快楽で随分長い間身体を貪っていたように思う。 やっと離してやれたのは、机上の内線がコール音を鳴らした頃だった。鬱陶し気に顔を上げた神崎に反し、眼下で滅茶苦茶にされた部屋主は途方に暮れて音の発信源を見ていた。 「…――もしもし」 断りもなく受話器を持ち上げる。 呼吸を正すのにいっぱいな姿を撫でてやりながら、神崎は至って平静な声で出任せを並べ立てた。 「ゲストで入った神崎だけど…アイツ?寝てるぞ、具合悪そうだったから寝かせた、俺ももう帰るわ」 内線を切り、ずっと不安そうに伺う姿へ身を屈めて口づけた。 頭から尻まで自分の所業とはいえ、この崩れ切った腫れぼったい姿が戻るまでは、何人も部屋へ立ち入って欲しくはない。 「仮眠室連れてってやるから、寝てろ」 執務室とは言え、寝泊まりする部屋主のために簡素な居住空間がある。神崎も良く宿を借りるのが面倒な折、勝手に上がり込んでは使っていた部屋だ。 そう言えば何時ふらりと現れようが嫌な顔もせず、この大人は聞き流せる程度の小言を言うだけで、親みたいな無条件さで要求すれば茶まで淹れて寄越した。 激務だろうが疲れた色も無く、皺ひとつない清潔な白衣で。世話役も居ないのに机の上も綺麗に整理され、実に真っ当な大人として存在していたのだ今まで。可哀想に。加害者ながら同情するほど、こんな気紛れの一瞬で壊されてしまうとは。 薄い肩を持ち上げれば、歩けない、という意思表示なのか緩く首を振られた。 最初から運ぶ気だったが、余りに無力な様が痛々しく、好き勝手にした身体を努めて丁寧に抱き上げた。 「…軽っ」 つい口を衝く。幾つかドアを潜って目当てのベッドへ横たえてやれば、相手は現実から目を背ける様に抱き寄せた枕へ顔を埋めた。 まあ悪かった、等と普段の軽妙さで慰めようとして止める。それで流されてしまうのは、神崎としても非常に不本意である。 濡れた肌を拭いてやり、腕に引っ掛かっていたシャツを着せて整えてやる間に、御坂は本当に眠ってしまったらしかった。 神崎の下らない要求を聞いていた時分から、まあ疲れていたのだろう。寝姿を眺めて、先に致した様々な行為を反芻する。その静寂を邪魔するようにまた内線が鳴り始め、神崎は舌打ちして足早に執務室へ踵を返していた。 「今度は何だよ」 『一応防犯も兼ね、今から監視カメラを点けますので』 「逐一連絡か?今までそんなサービスあったか?」 『室内カメラに関しては、拒否権限が無かろうと一度所長に確認する契約です』 契約、というセンテンスが気になって止まる。 忘れていたがこのアンダーグラウンドは御坂にとっても四面楚歌であり、神崎も知りたくない様な連中の監視が常に刺さっているのだった。 「カメラって全室に付いてるのか」 『執務室だけです、現状我々が管理しているのは人の出入りのみなので…では』 人の出入りのみなら室内に付けるなよと言いたいが、確かに唯一の出入り口と窓は執務室に集中しているのだ。 最低限のプライバシーは確保されいているらしいが、まったく。こんな場所で朝から晩まで気の緩む暇もなく。 「…お前さあ、普段からもう少し愚痴とか弱音とか」 名残惜しく覗き込んで問い掛けたが、流石に自分の今までの接し方を思い出して口を噤む。 今日の顛末を知っているのは両人だけだった。しかし神崎は此処で矛を収める気は毛頭なかった。 この引き摺り降ろした天上人をどうしてやろうか。 とにかく今は、次に面を合わせた時の反応が楽しみで仕方ない。素知らぬ振りを装うであろう大人を嘲り、只管甘ったるく致してまた迷子にさせてやりたい。 バランスを崩して、怖くてこちらへ手を伸ばしてくれば良いのだ。 執着など人生で初めて味わったが、案外理想的なエナジーだと痺れる唇を指で引っ掻いた。

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