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不服なことその1。
この軟い身体を求めるのが、自分ひとりで無いということ。
以前から脚や腰の造りが嫌にユニセックスに映る時があったが、散々大人に嬲られた末の形であるならば、素直に愛でて楽しめないこと。
不服なことその2。
易々と指や男の物を受け入れ、感じてしまう反応が、自分の拓いた功績でないということ。
その3。
その現状に対し、当人が不満や泣き言を口にしないこと。
エトセトラ、その他諸々、全部。
いま神崎遥の手指を、舌の動きを受け入れる朧げな態度もひっくるめ、気に食わないまま貪るようにセックスをしている。
膝の上に捕まえた年上は逃げる素振りもなく、ただ抗えない災厄を待つみたくじっと陵辱へ耐えていた。
「また痩せたか」
丁寧に釦を外し、シャツを割って露わにした白い腹を辿る。
肯定も、否定も寄越す事はない。ただ一人になりたくないという理由で従順にしている愚か者は、大きな手に撫でられ強張った。
両手が易々と回ってしまう胴。ここへ、一体何人の男の欲望が注がれたのか。
初めに教えた人間はどんな面だったのか、色々無駄を考えてしまう程に、この大人に対する感情は面倒な物になっていた。
先日見た噛み痕は誰が残したのだろう、てっきり融資の対価として遊ばれているのかと思えば、一丁前に執着されて枷を付けられたりするのだと驚かされた。
執着したところで虚しくなる筈だ。こんな、幾ら通おうが死んだ男しか海馬に無い薄情者。
(薄情者と言うか、メンヘラ)
肌の上でぽつりと一点赤い、異様に食欲をそそる胸を吸う。じゅっと音を立てれば震え、ふらふら宙を彷徨っていた視線がやっと此方とかち合った。
強く吸い、口内でふやかすみたく彼方へ此方へ転がす。頭上からあ、とかん、とか、脳幹を揺さぶる様な甘ったるい声が漏れ、体内へ伝い落ちる。
「気持ちいいか、変態」
ブラインドの隙間は黒い。今にも、と思った矢先にポツ、ポツ、と窓を叩く音がして、上から塗り重ねる様に大量の雨粒が堕ちて来た。
相手が大きく跳ね、初めてフォーカスを合わせて神崎を向く。
自分の体を舐め、下肢まで脱がそうとしている姿を認め、不安と焦燥と恐怖がごちゃごちゃになった顔で怯えた声を出し。
「あ、あ」
「気持ちいいか言わないと帰るぞ」
「帰らないでお願い」
雨を怖がる原因はなんだろう。神崎と出会う前。きっと、もっと幼い時分に心理的外傷を齎すイベントが起きたのか。誰かを喪ったとか。一人を怖くさせる、神崎からすれば下らない人間的な何か。
「あほ、俺が要求した通りに言えよ」
「気持ちいい、から帰らないでさわって」
子どもが教えられた単語を繰り返す様に言う。
神崎は業とらしく溜息を吐き、留め具を外した黒いスラックスを引き下ろす。
あの公園のやり取りで更にパーツが壊れてしまったのか、ただ雨の中孤独を恐れる大人は不安定で、神崎を求めている訳ではない。
其処まで考えて、日ごろから聖母マリアの様に他人に世話や慈愛を振りまいているこの大人の思惑に気付いた。
要は全部寂しいからだ。今顕著に出ている通り、ずっと一人になりたくなかったからだ。
あの憎らしい子供2人を拾ったのも。他人でしかない神崎や本郷や萱島…その他諸々に優しくするのも、全部、偏に自分の傍に誰かが居て欲しいから。
「…面倒くさいし病んでるしロクなもんじゃないな、お前」
罵倒されようが怒る気配もなく、御坂は何も無い空虚な目でじっと見返してきた。
「そうやって寂しがって誰彼構わず脚開いてんのか」
水の膜が張った目が瞬き、するりと生理的な雫が目の端から滑り落ち、消える。
「私が、寂しいから?」
「何で疑問形だよ、今もそうだろビッチ」
「抵抗したじゃない、ちゃんと…でも誰も聞かない、」
喋る最中に割れ目へ指をなぞられ、語尾が途切れ途切れになる。
くちゅ。濡らした指が下半身の、最も知られたくない奥へ入り込み、慣れ難い感触へ御坂の反論は終わった。
熱い餅のように吸い付く。噛めば甘そうな内壁を擦り、長い指を上下に出し入れする。
その度に吐息というか、嗚咽というか、性欲に響く声を漏らして、開かれた体が神崎へと縋り始める。
気持ちよくて堪らないだろう、反応を見るに。
自分の手管と自慢したいが、初めからこんな調子なのだから苛立たしくなった。
指を付け根まで差し込んで、ぐちゃぐちゃと段々無遠慮に掻き回す。同時に何度もしつこく胸へ噛み付き、美味しい体勢を堪能する。上と下を同時に貪る内、肩へ埋まる嬌声が泣き声に近い高さへ変わり始めた。
もっと虐めて全部壊してやろう。
神崎は邪悪な目で白い脚を抱え上げ、予告なく自身のものを奥へと埋め込んだ。
「あ、あっ、やぁ、めて、はる、あ、」
肩口へ押し付けられた顔から、音量にしたら実に慎ましやかな喘ぎが零れる。だが止められず、どうしても出てしまう、生の反応が頗るいやらしく滾らせる。
怖い、逃げたい。幼くなる要求が必死さ極まり、どんどん内部へ突入しているのが分かる。もっと、もっと深くまで。浅ましく縋り付く過去も、今の建前も全部砕けた、誰も見たことの無い最深部まで。
「ほらイきそうなんだろ、イけ」
ぐっと腰を打ち付けてやれば、首へ縋る力が強まって喉で鳴いた。それから抱えた細い総身がびくびくと震えた後、いつもの低体温が嘘みたいに熱くなり、体力を全て取られて腕の中へ従順になった。
泣いている。以前とはまるで別人と対峙している心境で、妙な苛立ちを覚えては休む間もなくその身をソファーへ引き倒す。
押し込めた肩を沈ませ、逃れようとする脚を掴み、また暴力とか侵略みたいな律動を始める。
御坂は怯えていた。神崎だけでなく、彼の目を通して見えた雨とか過去とか未来とかそういうものに。今まさに軋みを上げながら壊れて行く自分に。
「も、う、やめて、はる」
嗚咽と喘鳴の隙間でどうにか出した文句が、あえぎに呑まれて溶けてしまう。これ程ぐしゃぐしゃに崩されようが、美しい、何て非現実的な造りだろうなと思う。
「俺が怖いか?」
白い脚を掴んだまま問えば、御坂は解析を試みるか如くじっと見ていた。
思えばこの大人が自分に助けを求めて、何かを懇願してくるなど行為の最中だけだった。父はこんな仕打ちはしなかったどろう、あの歯の浮く様な人格者のこと。
だから無体を強いたり我が儘を言うとき、御坂は神崎を単体の人間として見ていた。
「生温い過去に浸って腐りたいなら、そうすれば良いさ」
「…過去?」
ソファーへボロ布みたいに転がされ、必死に呼吸だけしていた姿が目を上げた。
「過去って、だれが?」
「死んだだろう、親父は」
見るにどんどん頭が可笑しくなっている相手へ、神崎は今更過ぎる事実を教えてやった。
また繋がった場所が水音を立て、細い喉が喘いだが、青い瞳はとんでもなく遠い空を写して彩度を欠いてゆく。
「お前が十年以上も前に看取ったろ」
「…そう?そうだっけ」
ああ、ほらな。ほら。
神崎は気分の悪さについ続きを聞くまいと、呂律の怪しい口元へと噛み付く。舌を入れ、中身を言葉ごと吸い上げる様に掻き混ぜたが、ただ温かく気持ちのよい痺れが襲うだけだった。
「アイツが死んだから義世や萱島が五体満足なんだろ」
「う、ん…」
泣き腫らした目から2、3、水滴が流れ落ちる。尚も出し入れされる性器の感触に強制的に善がらされながらも、ずっと思考だけ別世界へ飛ばしている。
奥を擦り、無理やり果てさせて、掴まえた身体がこれ以上ないほど柔らかく無防備になった。抱き寄せ、苦しそうな姿をあやすように口づけ、ゼロに落とした段階でとうとう大人は馬鹿な本音を吐いた。
「でも帰ってくるから」
冗談でもなく言う目が狂っていた。それはそう。神崎の想像通り、あの大学とそっくり同じ造りで御坂は待っていたから。
死を受け入れた素振りで、奥底ではバート・ディーフェンベーカーがあの大学の研究室に帰って来る日を待っている。神崎や周囲へ死を説明したその頭で待っている。正気でない。
「お前が生きてる限り二度と会えるかよ」
突き放して現実を告げようと、そう、と不思議そうに、それでいて素気なく相手は目を閉じた。
さようなら、初めまして。やっと垣間見えた本質へ反吐が出つつ、神崎は相手の衣服を整えてブランケットを掛けてやる。
早く死んでくれないだろうか。余りに薄情な感情を肉親へと抱いたが、致し方ない状況だろう。未だ収まらない雨のせいで、もう少しこの部屋で揺蕩わなければならない故に。
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