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第7話

 その日は突然に訪れた。  心の準備も、身体の準備すらも出来ていないままにーー。  体育館裏の青々とした銀杏の木の下で待つようにと将斗さんに呼び出された。まるで夢を見る少女のように心はときめいていた。  そよそよと頭の上を流れていく風に誘われて音を立てる葉は、まるで僕たちのことを羨む乙女たちのひそひそ話のようだ。  僕は淡い恋心の裏に秘めた自分自身の情念を押さえつけた。まだそんなことを考えちゃいけないとばかりに。でも心と心が呼び合うほど好きな人の顔を見つめてしまったら、そんな感傷など、どこかへ吹き飛ばされてしまうかも知れない。  それはきっと僕自身が男で、抗えないほどの欲望を理解しているからだろう。男同士だからこそ分かり合える互いの欲望の本質なのだから。  ひときわ木々のざわめきが大きくなり、銀杏の幹に沿わせるように視線を上に向けた。それは将斗さんの訪れを報せる木々のささやきのように思えた。 「待ったか?」  僕は愛おしい声の主を見つめ返した。そして何も答えずその大きな胸に飛びついた。将斗さんは驚きもせず、僕の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめ返してくれた。  落葉の季節にはまだ早いというのに、まだ青い葉が二人の肩に舞い落ちた。きっとそれは僕たちのための祝福のセレモニーだ。 「今夜は二人きりで過ごそう」  将斗さんの言葉に僕はそっと頷いた。  今夜は将斗さんの両親は帰って来ないらしい。将斗さんの部屋で、僕はまだ緊張が解けずに小さくなっていた。 「遠慮はするな。今は俺たち二人だけなんだから。一緒に風呂に入るか?」  僕には断る理由などなかった。でも恥ずかしい。将斗さんに僕の全てを見られるのは恥ずかしい。  僕はもどかしいほど無口になっていた。 「よし、一緒に入ろう!」  将斗さんの言葉に、もう逆らう気持ちは消し飛んでいた。将斗さんは僕を先に浴室に入らせると、あとから入って来た。  もう 僕の鼓動は自分の力では制御できなかった。 「航……」  お互いの胸と胸を合わせ、耳元で囁く切ないほどにうわずった将斗さんの声に、僕はまだ見ぬ世界へと足を踏み入れていく。 「あっ……!」  将斗さんの指が僕の強張った背中から、柔らかな尻へとゆっくりと滑り落ちていく。思わず全身に力が入り、顔をしかめた。 「可愛いいよ、航」 「将斗さん……」  答えを求める問い掛けにはきっと答えられなかっただろう。将斗さんはきっと気付いてくれているんだろう。今は乱れていく呼吸を整えることしか、僕には思いつかなかった。  将斗さんは浴室ドアから手だけを延ばし、浴室の灯りを消した。すりガラスを通してほんのりと柔らかな灯りだけが差している。 「少しだけ我慢するんだ。いいね?」  コトンと音をさせて、取り外されたシャワーヘッドが浴室の床に転がった。  僕はそうしなければならない事は分かっていた。でも自分で準備するのではなく、相手に委ねてしまうなんて考えた事もなかった。シャワーから直接伝わってくる熱以上に、僕の身体は熱を放っていた。 「くっっ!……」  お湯が身体の奥まで入り込んでくる。苦しい! 「我慢せずに力を抜くんだ」  僕は顔だけ一気に体温が上がるのを感じた。恥ずかしい。将斗さんは僕の気持ちを察してくれたのか、左手で僕の顎を持ち上げ、キスをしてくれた。 「さあ、もう一度」  緊張と脱力、それを何度繰り返しただろう。気怠い疲労感を覚え、僕は足元がふらついた。 「大丈夫か、航?」  僕は将斗さんの心配そうな顔を見上げた。 「うん。平気。でも次は一人でする」  次は……僕たちに次はあるのだろうか? ほんの僅かに僕の心に不安がよぎる。 「何故? 俺がしてやるから心配するな」 「でもやっぱり恥ずかしいよ」  僕は素直に本音を吐露した。 「俺がしてやりたいんだ」 「だって……汚い……」  最後まで言い終えないうちに、僕の口は塞がれた。 「何が汚い? これは俺たちにとって神聖な儀式のようなものだ」  その言葉に、僕は身体の内側から嬉しさが溢れ出てくる思いがした。  将斗さんに促されて、僕は先に浴室を出た。まだ足がガクガクして上手く歩けなかった。でもこの気怠さは決して嫌ではなかった。 「航、悪いけど先に冷蔵庫から飲み物を出して休んでろ。ちゃんと水分を取るんだぞ。俺もすぐに行くから」  浴室から将斗さんの声がした。  僕は冷蔵庫から取り出したポカリを手に、バスタオル一枚のまま、ダイニングカウンターの椅子に腰かけた。  すぐに将斗さんが現れた。彼は僕の視線を拾うと、にっこりと微笑んだ。 「俺の部屋へ行こう」  その言葉に僕はコクリと頷いた。  ベッドに近づいた時、将斗さんはいきなり僕の後ろから腕を回して来て、僕を横向きに抱え上げた。お姫様だっこだ。僕はずっと憧れていた。大好きな人にこんな風にされることを。そう思ったら不意に目頭が熱くなった。 「おい、もう泣くのか? まだ早いよ。今夜はいっぱい泣かせてやる。嬉し涙で溺れるくらいにな。覚悟しておけよ」  将斗さんの声は耳元で僕を刺激した。股間の中心にグッと力が入る。  将斗さんは僕をベッドに優しく降ろすと、部屋の電気を消した。でも枕元のランプは点けたままだったから、将斗さんの胸元は逞しい筋肉がくっきりと強調されている。僕は思わず呼吸を乱してしまう。  僕を上から見下ろしたまま、将斗さんは腰に巻いていたタオルを取った。逞しい将斗さんの分身はすっかり怒張し、天井を向いていた。その瞬間、僕の蕾にキュッと力が入り、僕ははち切れんばかりに股間を突っ張らせた。  将斗さんは僕の身体からタオルを取り上げると、スローモーションのようにゆっくりと僕の身体に自分の身体を重ねてきた。将斗さんの身体は少しだけひんやりとして心地よかった。きっと後片付けをして身体が冷えたんだ。なら僕が温めてあげる。そう心の中だけで呟き、将斗さんの背中を強く抱きしめた。  あの日と同じ情熱的なキス。いや、もっと激しい。僕の肺に残っている息を全て吸い出そうとでもしているかのように。激しく貪るようなキスは淫らな音を立てた。初めて唇を重ねた時とは違っていた。  将斗さんの左手は僕の背中を包み込むように後ろに回され、右手は僕の胸元を這った。僕は思わず塞がれた口元から声にならない声を漏らし、背中を大きく仰け反らせた。互いの唇が離れ、僕は愛おしい人の名前を呼んだ。 「将斗……さん」 「初めてで恥ずかしかっただろうに、よく我慢したね、航。お腹、苦しくはないか?」 「うん、大丈夫」  すると将斗さんは少しだけ呼吸を荒くし、顔が強張った。 「さあご褒美だ」  もう一度将斗さんの唇が僕を求めた。僕は全力でその情熱に応えた。将斗さんの怒張したものが僕の太腿に当たる。熱い。とても硬くて、大きかった。  僕は恐る恐る手を伸ばし、将斗さんの硬い膨らみに触れた。目を閉じていると、見た目より太く思えた。屹立したそれはドクンドクンと脈を打っている。それに触発された僕の股間もますます硬くなっていく。  そっと手を添えて、上から下へ、下から上へゆっくり動かすと、将斗さんの口元から小さな喘ぎ声が漏れた。将斗さんは僕の耳から首筋に、唇を押し当てるように愛撫した。僕の感覚はいつもより研ぎ澄まされ、将斗さんが触れるたびに身体が敏感に反応した。将斗さんの唇が僕の乳首を捕らえた時、僕の背中はベッドから浮き上がった。  将斗さんは僕の背中の下に両手を入れ、僕の腰を引き寄せると、一気に僕の大きく天井に向けて伸び上がった肉の先端を口に咥えこんだ。思わず僕の口から嗚咽が漏れる。 「ひやぁ、ダメ!」  クチュクチュと卑猥な音を立て、僕の陰茎は将斗さんの口の中で前後に揺すられ、僕の身体に愉悦のリズムが刻まれていく。腰を掴まれたままの僕は、そこから逃れる術もなく全身を小刻みに震わせた。僕は何かにすがるような思いで将斗さんの肩を必死で掴む。 「だめ、将斗さん……僕、そんなにされたらもう……!」  ジュルッっと陰茎の内側から熱い液体が漏れ出るような感覚にどきりとする。いや、射精ではない。でも何かが……。 「航の先走り、すっごい量だな。」  カアっと顔に熱が集まる。僕の先走り? そんなに?  次の瞬間、将斗さんはその先端を強く吸った。腰から下が溶け落ちるような快感に、思わず長い悲鳴にも似た声が漏れる。 「美味いよ、航」 「将斗さん、僕も……将斗さんのが欲しい……」  ピクっと将斗さんの肩が小さく跳ねた。そっと僕自身から口を離すと、将斗さんはそのままの勢いで僕の唇を激しく吸った。何度も、何度も。  僕の唇を解放した将斗さんは僕の両目を見つめる。その瞳はベッドライトに浮かび上がり、ヌラヌラと淫靡な光を放っていた。背筋をゆっくりと電流が走るような感覚に襲われ、全身がびくんと跳ねそうになる。将斗さんにじっと見つめられるだけで、僕の恥ずかしい蕾が湿り気を帯びるのがわかる。 「俺のを咥えてくれるのか?」  僕は頷いた。  将斗さんはベッドの上で膝立ちになり、僕を目で促した。僕は四つん這いになって将斗さんの股間に顔を近づけた。  やっぱり大きい。しかも重力に逆らうように上下に激しく伸び上がっている。僕はそのまま将斗さんの怒張した部分を口に含んだ。 「うっ、航! いいよ、すごく気持ちいい!」  怒張した肉が更に膨れ上がろうとするように大きく脈動する。口いっぱいに含んだ将斗さんの肉棒の両脇から唾液が零れ、僕の首筋を伝って流れ落ちる。  将斗さんは僕の頭を後ろからガッチリと掴み、引き寄せようとする。僕は思わず咽せて呼吸が苦しくなる。両目からは涙が溢れて零れ落ちた。 「ごめん、苦しかったか?」  心配そうに将斗さんが僕の顔を覗き込む。僕はそれでも将斗さんの分身を口から離さなかった。もっと、もっと奥まで。もっと深く咥えられるようになりたい。今はただそう思った。もっともっと奥まで全部! 「航、ダメだ。そんなにしたらイってしまいそうだ」  今夜の僕は覚悟はできていた。何が起ころうと将斗さんが好きなことは何でもすると。だから今ここで将斗さんが気持ちよくなるなら、将斗さんの精子だって全部飲み干してみせる。  するといきなり将斗さんが僕の口から肉棒を引き抜いた。 「もっとしたいことがある。俺は航と一つになりたい。深く繋がりたいんだ」  僕の全身がブルっと震えた。まるで武者震いみたいに。 「嫌か?」  違う。そうじゃない! でも初めてだからどうしていいのかわからない。どう答えていいのかわからない。 「いいよ。僕を将斗さんのものにして」  そう口にするのがやっとだった。

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