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純がトイレに行くと言ってから10分以上が経った。金子は相変わらず気持ちよさそうに寝ている。
ー様子見てくるか
扉を開けると、純がうずくまっていた。
「おい、大丈夫か?」
呼びかけたが返事がない。
「おい!」
肩を揺らすと純がゆっくりと顔を上げた。
「せ、先輩···」
「具合悪いのか?」
今にも泣き出しそうな表情で力なく首を横に振る。
「とりあえず、席戻ろう。な?」
「い、嫌です···」
「嫌ですって···とにかく他のお客さんの迷惑になるから戻るぞ」
純を無理やり立たせて扉を開けると、金子が立っていた。
「起きたら2人ともいないなーと思ったらここにいたんすね」
30分くらいしか寝ていないのに寝癖がついていた。
「純がなかなかトイレから出てこないから様子見に来たんだ」
「そうだったんすね」
そう言って純の姿を確認すると
「先輩、先に席戻っててもらえますか?」
と純の手を引いて外に出た。
ー俺には聞かれたくない話ってことか
20分ほどして2人が戻ってきた。純はすっかり落ち着いた様子でホッとした。
「お待たせしました」
「いや、もう大丈夫か?」
「は、はい···あの、ありがとうございます」
「会計は済ませたからそろそろ帰るか」
「はい」
帰りは代行業者を呼んだ。行きとは打って変わって誰も口を開かなかった。
先輩がトイレに来たとき、安心したのと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになり泣きそうになった。
努に手を引かれて外に出ると、湿った風が肌に貼り付いた。
「···まさかだけど、元彼がいたのか?」
「···うん。奥さんと子どもと来てた」
「マジかよ···大丈夫か?」
「···なんとか」
「戻れるまでいてやるから」
「うん」
「先輩には話さないのか?」
「···」
「好きなんだろ、先輩のこと」
「な、なんで!?」
「なんでって、友達なめんなよー」
汗が止まらない。
「同じことの繰り返しになるんじゃないかって···怖いんだ」
「先輩が元彼と同じだとは限らないだろ」
「そうだけど···」
「先輩のこと信じられないなら自分のことも信じられないと思うよ。ま、俺は部外者だからとやかく言う資格ないけど。暑いから戻るぞー」
そう言って努は階段を上り始めた。
ホテルに着き、車を降りようとしたとき純が俺の腕を掴んだ。ひんやりとした純の体温が蒸し暑い夜に心地よかった。
「ん、どうした?」
「あのー···先輩、明日って時間ありますか?」
「特に予定ないから大丈夫だけど」
「···米沢、案内します」
「ん、分かった」
「昼過ぎに迎えに行きます。今日はごちそうさまでした」
「俺が無理に誘ったんだし、気にするな。じゃあまた明日な」
「はい」
家に着き車を降りると、努が肩を組んできた。
「よく頑張ったな」
「···努のおかげだよ」
「え、何?もう一回言って!」
「聞こえてただろ···暑いから離れろ」
「明日、頑張れよ。なんかあったら話聞くから」
「ありがとう」
「先輩のこと信じられないなら自分のことも信じられないと思うよ」
努の言葉が臆病な僕の背中を押してくれた。
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