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挨拶−1−
ついに実さんのお母さんに会う日が来た。
昨日は緊張と不安が交互にやってきて全然眠れなかった。
実さんの実家は栃木県の宇都宮市で、鈍行で2時間ほどかかるとのことだ。通常の運賃にプラス千円して、グリーン車に乗ることになった。座席の広さは新幹線より少し狭いくらいで快適に移動できそうだ。
「昨日あんま寝てないんだろ」
実さんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です」
「眠かったら肩貸すから」
「ありがとうございます」
電車が走り出すのと同時に意識が遠のいた。
「もうすぐ着くぞ」
実さんの声で目が覚めた。
「ずっと寝てましたか?」
「うん。寝顔が可愛かった」
そう言うとおでこにキスされた。
「実さん」
「ん?」
「あの···お母さんにはなんて言ったんですか?」
「大切な人ができたから紹介したいって」
「···そうですか」
駅に着くと雨が降り始めた。歩いて向かう予定だったが、タクシーに切り替えた。10分ほどして実さんの実家があるマンションに着いた。
インターホンを押す指が緊張で震えている。
「大丈夫だから」
実さんに言われて、覚悟を決めた。
「はい」
「峯岸純です。初めまして」
鍵の開く音が聞こえると、実さんのお母さんが迎えてくれた。はっきりとした顔立ちは実さんにそっくりだった。
「中へどうぞ」
「お邪魔します」
「母さん、ただいま」
「···」
玄関からまっすぐ伸びる廊下を進むと、リビングにつながっていた。
「あの···これよかったら」
デパ地下で買ったロールケーキを渡した。
「わざわざありがとうございます。そちらにおかけになってください」
「はい」
「実も座りなさい」
「うん」
実さんのお母さんは座るや否や、厳しい表情でこう言った。
「私は反対です」
恐れていることが起きて、思考回路が停止した。
「どうして?」
実さんの語気が強くなる。
「どうしてもなにも···男同士なんてありえません」
少しだけ声が震えてる気がした。
「もういい」
実さんは立ち上がると、僕の腕を掴んで外に連れ出した。
「実さん」
「···」
「実さん!」
「あ、ごめん」
実さんの掴む力が強くて、腕が赤くなっていた。
雨は上がっていたが重い雲が空を覆っていた。
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